リタイアに終わったTGM GP。小川颯太と佐藤凛太郎「リベンジしたい」/マカオFRワールドカップ
11月17日に第71回マカオグランプリ『FIAフォーミュラ・リージョナル・ワールドカップ』の決勝が行われ、TGM Grand Prixから参戦した小川颯太、佐藤凛太郎ともにリタイアに終わった。 【写真】佐藤凛太郎(TGM Grand Prix)と佐藤琢磨 前日の予選レースのターン2(マンダリン・オリエンタル・ベンド)でクラッシュした小川。マシンの修復はエンジン交換、ギヤボックス交換を含め予選レース終了直後から日曜朝4時まで、そして小休止を挟むもそこからピットレーンクローズドとなるギリギリまで作業が続いた。さらには、ダミーグリッドまでの試走の際にターボ感がなく、ダミーグリッドに着いてからも最終調整が行われた。 セーフティカースタートとなるなか、2周目のグリーン直前に小川のマシンのターボが、効くはずのタイミングで「プスプスと」失速するというトラブルに見舞われてしまう。ただ、ターン3(リスボア・ベンド)で7番手スタートのジェームズ・ウォートン(ARTグランプリ)がアウト側のバリアにヒットしマシンを止めてしまう。そこに複数台のマシンが突っ込む玉突き状態となり決勝は早々に赤旗中断に。 この赤旗はトラブルを抱えた小川にとっては悪くないタイミングだった。幸い、赤旗中に失速の原因は解明され修復が完了。「運も流れも来ていると感じました」という小川だったが、さらなるトラブルが小川を襲うことに。 「リスタート後は3周ほどは問題なく走ることができていました。11周目に前の小林利徠斗選手(TOM'S Formula)の背中に追いついてターン1を抜けて、ターン2を迎える前に小林選手に仕掛けるべく横に出た瞬間に、ステアリング系のトラブルでコントロールが効かなくなりました」 「ちょうど小林選手をかわそうと横に出た際のトラブルだったので、マシンを止めきる前に少し壁にぶつかりました。ただ、ステアリングコントロールがまったく不可能な状態だったので、このトラブルが出た瞬間が山側とかコーナーではなく、ストレートで本当によかったです」 これで小川は最初のマカオ挑戦を終えることになった。 「チームが徹夜でマシンを直してくれて、赤旗中もターボの問題は解決してくれたので、本当にチェッカーを受けたいという気持ちでした。それが叶わず悔しいですが、この経験は今後のレースキャリアにとってプラスになるのは間違いないです。この経験をポジティブに捉え、今後のレースに活かしていきます」 「今日はついていませんでした」と語った小川。そんな彼にマカオグランプリへはまた出たいかと尋ねると「また出たいです」と即答した。 「でも、ちゃんと強くなって挑みたいです。今回のレースウイークで新しい発見がたくさんありました。チームとしてもドライバーとしても、しっかりと強くなり、またリベンジしたいと思います」 また、小川は今回のマカオ挑戦を通じて、コース外でも大きな成長を果たしている。小川には彼の背中を押し続けるメインスポンサーがいるが、今回のFRワールドカップ挑戦は、今までのレースキャリアでもかつてない規模のサポートが必要だった。 「今のメインスポンサーさんに頼ることも大切だとは思いましたが、『自分の力でこれだけサポートが集まったので、今回もサポートしていただけませんか』といった感じで、自分でサポートを集める姿勢を見せたかったので、まずは自分で動きました」と小川。 サポートを続けているメインスポンサーだけを頼りするのではなく、これまで以上に積極的に、自分自身を営業に回った小川。最終的にこれまでのメインスポンサー、そして新たなスポンサーのサポートを得ることができ、マカオへの挑戦を実現した。 「自分で動いたことで、新しいスポンサーの方々にも出会うことができ、コースの上だけではなく今回の挑戦を通じて得られた経験は、今後のレースキャリアを進める意味で非常に大きかったと思います。それを含めて、今回のマカオGPを戦えて良かったなと思っています」 マカオには小川の背中を押した人々も集っており、支えてくれた人々の前で完走を果たせなかった悔しさも滲ませた小川。FRワールドカップ最年長の25歳ではあったが、人間として、レーシングドライバーとして成長するのに年齢は関係なく、彼もまた大きな成長を遂げたひとりに違いない。マカオを経た2023年のFRJ王者が、今後どのような戦いを見せてくれるのかが楽しみだ。 ■佐藤凛太郎「予選レースが良かっただけに悔しい」 不運に見舞われ、決勝をリタイアで終えた凛太郎は「初めてのクルマ、初めての海外四輪レース、初めてのタイヤ、初めての市街地コースと、初めて尽くしでしたけど、チームの皆さんが頑張ってくださり、僕がクラッシュしてしまった後も徹夜で直してくださったので、本当に感謝しかありません」と、週末全体を振り返った。 予選レースにおいて25番手から16番手までジャンプアップを果たした凛太郎。決勝でのさらなる順位アップに挑んだが、2周目のターン3のアクシデントに巻き込まれるかたちとなり、マカオでの戦いを終えることになった。 「リスボアでクラッシュしたクルマがいたことはわかっていました。避けるべく減速もしていたのですけど、後ろのクルマ(ティアゴ・ロドリゲス/エヴァンスGP)に突っ込まれてしまい、その勢いでクルマが浮き上がり、最初にクラッシュしたクルマ(ウォートン)にぶつかるかたちとなりました」と、凛太郎。 「もし後ろから追突されなければ、そのままレースができたかもしれませんが、これもレースです。中段からスタートするということはこういったリスクもあることなので、仕方がないとも思います」 このアクシデントで赤旗となり、凛太郎もマシンをピットに戻すべくスロー走行を続けた。しかし追突され、2台の車両に挟まれるかたちとなった凛太郎のマシンのダメージはエンジンとギヤボックスにも及んでおり、スロー走行中にエンジンが停止。凛太郎はターン19(メルコ・ヘアピン)から続く下り坂を過ぎて(ターン22)フィッシャーマンズ・ベンドに向かう最中にマシンを止めた。 アクシデントに巻き込まれるという悔しい結果で初のマカオ挑戦を終えた凛太郎は、今回の挑戦が今後に活きると語る。 「狭いコースですからワンミスでクルマを壊してしまうという緊張感が常にありました。ここでの経験はクローズドコースでもすごく役に立つと思います」 そんな凛太郎は、父・佐藤琢磨氏が優勝を果たしているマカオグランプリの勝利を渇望している(父・琢磨氏は1999年の初参戦はサポートレースのエリクソン・フォーミュラ・チャレンジ/アジアンF2000で優勝、2回目からメインレースのF3に挑戦し、2001年にマカオF3グランプリウイナーとなっている)。 「今回はリタイアで終わったので、リベンジしたいですね。父はF2000含めて3回マカオGPに出ているのですが、1999年の初参戦の際にはフリー走行時にターン15(ポリス)で1回クラッシュしているんです。なので、『そこは気をつけて』と言われていましたが……僕も予選Q2でやってしまいました」 偶然か運命か、初参戦では父と同じポリスでのクラッシュを経験してしまった凛太郎。なお、レース直後の悔しさに包まれたなかでの取材となったが、18歳の彼は持ち前の礼儀正しさを崩すことはなく、最後には「予選レースが良かっただけに、決勝のリタイアは悔しいです。でもこの経験は必ず活きてきます。応援してくださったファンの皆さま、スポンサーの皆さま、そして僕に参戦の機会を下さったTGM Grand Prixに心から感謝しています。ありがとうございました!」と、笑顔で感謝の言葉を述べた。 凛太郎にとって今回の経験が活きる日は、そう遠くない未来なのかもしれない。 [オートスポーツweb 2024年11月19日]