串刺しに首切断…1976年の伝説的ホラー『オーメン』の主題歌は“悪魔を讃える歌”だ!
本日10月2日は、伝説的ホラー『オーメン』(76)の日本公開記念日。1976年10月2日の日本初公開からは、実に48年が経過した。“悪魔の子”ダミアンの誕生秘話を描いた『オーメン:ザ・ファースト』(24)のブルーレイ+DVDセットも10月30日(水)に発売が迫るなか、PRESS HORRORでは、映画ライターの竹之内円が『オーメン』の音楽的魅力を語ったコラムをお届けする。 【写真を見る】閲覧注意…ガラス板で首チョンパ!ダミアンの魔力で無残な最期を遂げる死屍累々 ■映画音楽の巨匠が初のオスカーを獲得 世俗的な映画と揶揄されることもあるホラー映画のなかで、一般からも評論家からも高い評価を得たリチャード・ドナー監督による『オーメン』。なかでもひと際高い評価を得たのが、ジェリー・ゴールドスミスが書いた音楽だった。『猿の惑星』(68)や『エイリアン』(79)など多くの名作や話題作の音楽を担当してきた映画音楽の巨匠だが、ゴールドスミスが書いた『オーメン』の音楽はまさに異様だった。 映画自体も人類が悪魔に負けて終わるショッキングなものだったが、主題歌となった「アヴェ・サタニ (Ave Satani)」は悪魔を讃えるという、まさかの讃美歌だった。劇中では乳母の首吊り自殺、ブレナン神父の串刺し死、キャサリンの落下事故、カメラマンの首切断死などのシーンで「アヴェ・サタニ」やそのテンポアップ・バージョンである「悪魔の嵐 (Killer’s Storm)」が流れ、まさに音楽で不吉の前兆を表現してみせたのだ。映画を見終えた後は必ず「♪Ave Satani」というフレーズが耳から離れなくなり、いつしか口ずさんでしまい、意図せずして誰もが悪魔崇拝者になってしまうという恐ろしい曲である。 観る者に強烈なインパクトを与えたゴールドスミスの音楽は、1976年度アカデミー賞音楽賞をとっている。当時でもベテランだったゴールドスミスにとって、10回目のアカデミー賞ノミネートにして、ついに獲得した生涯唯一のアカデミー受賞作とであり代表作となった。 ■妻に「声が聞こえるんだ」と笑顔で…「アヴェ・サタニ」誕生秘話 この『オーメン』の音楽については様々な逸話が残されている。『オーメン』は20世紀フォックスというメジャー・スタジオの作品ではあるが、ホラー映画ということもあってか低予算で、通常の作品であれば100人規模のフル・オーケストラ(+合唱隊や電気楽器のバンド)を使うのが一般的だが、『オーメン』ではオーケストラ50人、合唱隊24人という小さな規模のなかで工夫してやるしかなかったが、のちに「低予算だったことが、結果的によい結果をもたらした」と語っている。 そしてなによりも『オーメン』の音楽依頼にはゴールドスミスが引き受けたくなるポイントがあった。それは「自由にやっていい」と言われたこと。映画は基本的に監督のもので、監督の意向や要望に沿って音楽は作られるが、ドナー監督は一任したのだ。ゴールドスミスはサスペンスやアクション映画の音楽を得意とされていれているが、自身は前衛音楽が好きだった。『猿の惑星』の音楽もメロディのないパーカッションを使った印象的な前画音楽で、アカデミー賞音楽賞にノミネートされるなど高い評価を得ているが、『猿の惑星』の音楽も自由にやらせてもらえた作品でお気に入りだった。 ゴールドスミスは『オーメン』のテーマが悪魔ということで、グレゴリオ賛歌の悪魔版にしたいと考えた。それまで主題歌は作ったことはあるが合唱曲の経験はなかったため教会に赴き、宗教音楽や讃美歌について調べた。ゴールドスミスの構想としては黒ミサで使われた音楽を参考にしたかったのだが、それらについての書物や資料はまったく残されておらず断念せざるを得なかったという。 『オーメン』の作曲に取り掛かっていたある日、妻のキャロルはご機嫌な表情で居間に入ってくるゴールドスミスを見たという。そしてキャロルに「声が聞こえるんだ」と笑顔で答えた…。そして完成したのが「アヴェ・サタニ」。歌詞もゴールドスミスが書き、それらしくラテン語にしている。さらに悪魔的にしようと歌を逆回転にしようというアイディアも思いついたが、やり過ぎと思いとどまった。 この「アヴェ・サタニ」だが、ラテン語のためなにを歌っているかわからず、気になるファンも多かっただろう。繰り返されるフレーズの和訳をお伝えしよう。冒頭の「Sanguis bibimus, Coripus edimus」は「血をすすり、肉を喰らう」という意味で、「Ave Satani」というのは「崇めよ悪魔を」という意味だ。中盤の「Ave ave Versus Christus」は「讃えよ反キリストを」となる。 ゴールドスミスはこのラテン語の歌詞を書くとき、合唱隊のなかにラテン語がわかる人物がいたので協力を得たとされているが、実はいくつかの間違いがあるという。冒頭の「Sanguis bibimus」は非難形なので「Saunguinem bibimus」となり、反キリストを意味するのは「Versus Christus」ではなく「Antichriste」が正しく、肝心の「Ave Satani」は連用形なので「Ave Satana」になるのだとか。 これらのことに関係しているのか「アヴェ・サタニ」というタイトルにも不思議なことがある。公開当時に発売されたサウンドトラック・レコードでは「Ave Satani」ではなく「Ave Santani」と記載されており、邦題も「アベ・サンターニ」となっていた。曲を聴くと確かに「アヴェ・サンターニ」と聞こえなくもない。1990年のCD化の際に、現在の「Ave Satani」に統一されている。 ■半世紀にわたる「オーメン」シリーズ音楽史 『オーメン』を音で代表する曲となった「アヴェ・サタニ」だが、シリーズものなので普通ならダミアンのテーマとして使いたくなるところだ。ところがゴールドスミスは作曲家として同じ曲を使いまわすことを良しとしなかったのか、『オーメン2 ダミアン』(78)や『オーメン 最後の闘争』(81)では合唱曲ではあるが新たなテーマ曲を書き下ろしている。「アヴェ・サタニ」が再び流れるのは『オーメン 最後の闘争』のエンド・クレジットだけである。番外編的な『オーメン4』(91)ではジョナサン・シェーファーに代わったが、ゴールドスミスのスタイルを踏襲して惨劇のシーンでは合唱曲を用い、劇中では「悪魔の嵐」をゾンビ化した聖歌隊が歌うというシーンも登場している。 リメイク版『オーメン』(06)ではゴールドスミスが2004年に亡くなったため、「スクリーム」のオリジナルシリーズ(96~11)や『ダイ・ハード ラスト・デイ』(13)のマルコ・ベルトラミが担当した。ベルトラミは音楽学校時代にゴールドスミスに師事しており、恩師の代表作を受け継いだ形となり、ゴールドスミス譲りのダイナミックで繊細な音楽を書いている。一部の曲ではゴールドスミスがやらなかった逆再生の曲も披露している。もちろん「アヴェ・サタニ」も新たに録音しているが、予算が潤沢だったようでオーケストラも合唱隊のコーラスも重厚になっているのは皮肉だ。 そして、今春公開されたばかりのシリーズ最新作『オーメン:ザ・ファースト』では『CUBE』(97)や『バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』(21)のマーク・コーヴェンが音楽を手がけ、「アヴェ・サタニ」もよりドラマティックなアレンジで使われ、「アヴェ・サタニ」を意識したような合唱曲が要所要所で流れている。おそらくご覧になった貴方は、今頃「アヴェ・サタニ」のメロディが耳から離れないことだろう。それでは皆さんご一緒に!「Sanguis bibimus…」 文/竹之内円