ラスマス・フェイバーが語る新境地、日本文化への共鳴、アニメ/ゲーム音楽の制作から学んだこと
日本文化への共鳴、アニメ/ゲーム音楽の制作から学んだこと
―ラスマスさんはこれまでにも、アニメやゲーム作品の劇伴音楽を多数手掛けていますが、それらの経験は今回のアルバムの制作にどんな影響を与えていますか? ラスマス:とても大きな影響を与えているよ。ゲームのサウンドトラックの仕事をしている時に、オーケストレーションやオーケストラのアレンジについて多くのことを学んだんだ。それに、曲を書く時に頭の中に情景を描くこともね。曲そのものにフォーカスするというよりも、自分の中にイメージを湧き上がらせる手助けをしてくれたとでも言うのかな。もちろん、純粋に実践的な意味でもね。このアルバムに参加してくれたストリングオーケストラは、色々なゲームのサウンドトラックで一緒にやった人たちだったから、それも大きな助けになったね。 ―ラスマスさんは初めてのアニメ劇伴のお仕事『学戦都市アスタリスク』(2015年)の時点で、オーケストラと電子音楽の融合に挑戦していました。また、坂本真綾さんや中島愛さんといったシンガーへの楽曲提供のお仕事でも同様のアプローチをされていますが、ご自身の創作において「オーケストラと電子音楽の融合」というモチーフはどんな意味を持ちますか? ラスマス:僕は常に、あらゆる種類の音楽的な感情をミックスして、それを僕が表現したい感情にブレンドさせているんだ。ハウスミュージックを作り始めた時は、ハウスとラテン音楽をミックスさせることで、音楽的な表現にあらゆる感情を詰め込んだりしていた。そうした様々な違った要素やパートが全体の表現に寄与することで、より豊かな感情を引き出してくれるんだ。中島愛のために作った曲にも映画音楽的な良さがあると思う。ストリングオーケストラが様々な方向性の感情をより強く表現する手助けをしてくれたし、リズムも自分の役割を大いに果たしてくれたね。もちろん、僕だけがストリングスとエレクトロニックなサウンドをミックスした唯一の人間ではないし、そうした映画的なサウンドを取り入れるのは、アニメソングというジャンルにおいての刻印とも言えると思う。僕はそれがとても楽しいし、コンセプトを出来る限り活かして、最大限の感情を伝えようとしているんだ。 ―例えば、日本のアニメソングをジャズアレンジで届けるプロジェクト「プラチナ・ジャズ」のように、ラスマスさんはさまざまなジャンルを融合もしくは越境した作品を多く生み出しているように感じます。そういった取り組みの根源にはどんなルーツがあるのでしょうか。 ラスマス:特に理由のようなものはないけど、僕はひとつのことをやり続けるのが苦手で、常に色々なものに挑戦しているから、たくさんのことに興味があり過ぎるのかもしれない。それとプラチナ・ジャズに関しては、音楽としてアウトプットされたものはすごくトラディショナルなジャズになっているから、知らない人が聴いたら、その曲のオリジナルがアニメソングだとは気づかないと思うし、それこそがこのプロジェクトの意図するところなんだ。今日ジャズのスタンダードと呼ばれる楽曲の多くは、アメリカの古いミュージカルから生まれたものなんだけど、僕たちはアニメソングを、ジャズの曲になったアメリカの古いミュージカルと同じように扱いたかったんだ。だから、プラチナ・ジャズのアルバムの副題は“アニメ・スタンダード”にしたんだよ。僕たちはプラチナ・ジャズでは何かを融合したとは思っていない。常に純粋にジャズの表現を用いていて、それこそが僕が興味を持っているもののひとつなんだよね。 ―なるほど、よくわかりました。では、今回の「NINA」のように特定の作品に向き合って音楽を制作するやり方は、ご自身の創作活動においてどんな経験になりましたか? ラスマス:ゲームやアニメの仕事とは違って、脚本のようなものがない完全に自由な状態で曲を書くというのは、僕にとっては新しい経験だったね。このアプローチを活かして、今後も自由度の高い状態で、特定のジャンルに囚われることなく創作活動をしてみたいと考えているよ。その上で、次のプロジェクトではボーカルを取り入れた作品を作りたいと思っているんだ。単に情景的なサウンドというだけではなく、ボーカルトラックに印象的なキャラクターを取り入れたものを作ってみたい。これまでに一緒に仕事をしたことのある日本のボーカリストを含め、様々な国のヴォーカリストとコラボレーションして、それを1枚のアルバムにまとめたら、すごく面白い映画作品的な経験になると思うんだ。今作は、そういう意味で僕の次のプロジェクトへのインスピレーションを与えてくれたと思う。 ―ラスマスさんは音楽家としてのキャリアも長いですが、今と昔でアーティストとして何か変化を感じていることや、届けたいものが変わって来たところはありますか? ラスマス:うん、そう思うよ。僕はまず音楽で表現することを第一に考えていて、オーディエンスとの交流ということはその次の段階だと思っているんだ。だから、ハウスミュージックを作り始めた頃は、まだDJすらやっていなかった。DJとしてプレイすることへの必要性が高まってきたのは、その後のことだね。僕は常に自分が表現したいものを探し求めているし、その情熱に突き動かされてきたんだよ。この2~3年は、僕が歳を重ねたせいもあるし、パンデミックの影響もあって、音楽表現全体のテンションが少し落ち着いてきたところがあって、サウンドトラックを作りたいという欲求も、音楽表現がより内省的なものへと向かっていることの表れなのかもしれない。でも、最近はクラブミュージックがまた少し魅力的に思えてきていて、やってみようかなと思っているところなんだ。まだはっきりとは分からないけれどね。 ―あなたは昔から日本でとても良く知られていますが、日本に対してシンパシーを感じるところはありますか? ラスマス:日本の仕事もたくさんやっているし、長い間訪れて来ているから、日本には何か繋がりを感じる。日本での音楽プロジェクトは、どれも僕に多大なインスピレーションを与えてくれているんだ。それに僕のいくつかの曲が、僕が初来日するより前に日本で人気が出たことは興味深いよね。僕は日本の文化と共鳴するというか、文化的な表現をシェアしているように思うんだ。僕にはHideo Kobayashiという日本人DJの友だちがいるんだけど、彼は郊外に住んでいて、自然の中を歩きながら今回の僕のアルバムを聴いて「素晴らしい日本人の作曲家だ!」って思ったんだって(笑)。僕には彼の言いたいことがとてもよくわかるけど、なぜなのか、その理由はわからない。だって、僕はこういう音楽を日本から影響を受ける前から作り続けて来たからね。だから、なぜ僕のサウンドのトーンが日本の文化とマッチしたのか、好奇心をそそられるよ。 ―最近日本について何か関心があることがあればお聞きしたいです。 ラスマス:良い質問だね。プロとしては、最近日本のゲーム音楽の仕事を少しするようになったことかな。以前にやったことがなかったから、日本のゲームを探求することに興味があるよ。個人的なことでは、これまでに試したことのない食べ物といった、シンプルなことに常に興味を持っているね。田舎とか、行ったことのない場所にも。でも、日本に限らず全体として興味を持っているのは、クラブシーンへの回帰なんだ。クラブシーンについては、もうかなり長い間焦点を当ててこなかったんだけど、最近は様変わりしていると思うし、音楽の楽しみ方の形も変わってきていると思うから、そうしたシーンが僕の音楽的好奇心とどのように関わっていくのか、とても興味があるよ。 ―今回のアルバムはレコードでリリースされますが、自分のアルバムがレコードで発売されることに対して特別な関心はありますか? ラスマス:いや、特にはないね。レコードでアルバムをリリースするのは今回が初めてなんだ。僕の最初のハウスのシングルはレコードでリリースされたんだけど、僕自身はDJをCDで始めた世代だから、DJセットでレコードをプレイしたことは一度もないんだ。ちょっと恥ずかしいと思うこともあるけど(笑)。ただ、ロスのイラストの素晴らしさを音楽と共に届けられるという点では、レコードでリリースするというアイデアはとても良いと思ったよ。僕の意図通りにみんながこのアルバムを楽しんでくれたら嬉しい。僕は過去や音楽の歴史に関してノスタルジックに感じるタイプでもないし、古いテクノロジーを使うことに何も感じないんだ。もちろん、クラシックなものやオールドスクールなものに思い入れを持つ人の気持ちは尊重したいけど、僕は常に新しいものに挑戦したいし、未来を見ているからね。 --- ラスマス・フェイバー 『Where Light Touches [A NIMA Story]』 2024年10月25日LPリリース
Hajime Kitano