朝ドラ『虎に翼』関東大震災後の朝鮮人差別と虐殺問題 毒物混入、放火、暴動のデマはどこから?
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』では第18週「七人の子は生すとも女に心許すな?」が放送中。寅子(演:伊藤沙莉)らはある放火事件の裁判を担当することになる。朝鮮人に対する差別的発言に「はて?」を連発する寅子。そして星 航一(演:岡田将生)は、「関東大震災後の朝鮮人差別」について静かに言及する。今回は朝ドラが真正面から突き付けた関東大震災と朝鮮人差別問題について解説していく。 ■関東大震災後の大混乱に乗じた差別と虐殺 大正12年(1923)9月1日、南関東一帯を未曾有の大震災が襲った。内閣府が公開している『1923年関東大震災―揺れと津波による被害―』によると、死者・行方不明者は約10万5000人と推定されている。この大震災の特徴は火災による被害が甚大だったことで、火災による死者は約9万2000人と圧倒的に多い。 火災だけでなく、丹沢山系をはじめとして多くの地域で土砂崩れが発生したほか、押し寄せる津波の被害も大きかった。国家機能は麻痺し、家や家族を失った人々が巷に溢れた。 そんな絶望的な状況で、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」、「朝鮮人や社会主義者が暴動を起こした」、「放火したのは朝鮮人だ」などといったデマが流れるようになる。誰が、どのような目的でこのようなデマを流し始めたのかはもちろんわからない。しかし、公刊の記録によると震災当日の9月1日には既に流言が飛び交っていたという。 9月3日、内務省は各地方長官に次のような電文を送信した。「東京附近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内に於て爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地に於て充分周密なる視察を加へ鮮人の行動に対しては厳密なる取締を加えられたし」 これによってデマは“政府公認の事実”となってしまい、さらに新聞記事や噂話などあらゆる情報伝達手段を伝って、朝鮮出身者の迫害を扇動する風潮が瞬く間に広がっていった。大災害の爪痕を前に混乱する人々は、デマを信じて朝鮮出身者らへの憎悪を募らせる。政府は治安維持のためとして軍隊を派遣。警察も厳戒態勢を敷き、民衆も自警団を組織するようになった。そして、朝鮮人や中国人に対する官民一体となった集団的虐殺が発生するのである。 自警団らが殺傷したのは、朝鮮や中国の出身者だけではない、聴覚障害によってうまく話せない人々や、方言を話す地方出身者が対象になることもあった。2023年度前期放送の朝ドラ『らんまん』でも、主人公・槙野万太郎(演:神木隆之介)が自警団に止められ「根津の十徳(じっとく)長屋へ」と正しく発音したことで通されるというシーンが描かれていたが、当時は「十五円五十銭」を発音させたりして判別しようとしていたという。 作中では星 航一が「『火のない所に煙は立たない』で終わらせるのか、『煙を立てたのは誰なのか』を見極めるのか……」と発言した。女子部時代の同級生・崔 香淑(演:ハ・ヨンス)の境遇を含め、差別を真正面から描く本作がどのような答えを出していくのか、今後のストーリーに注目したい。 <参考> ■論文:田中正敬『関東大震災時の朝鮮人虐殺と地域における追悼・調査の活動と現状』(2014) ■内閣府『広報 ぼうさい』第39巻より「1923年関東大震災―揺れと津波による被害-」(2007)
歴史人編集部