「斎藤氏の支持者がデマを熱狂的に信じた」という言説の落とし穴 兵庫県知事選・後編【解説】
実際には職員アンケートの信頼性やパワハラなどを告発した元県民局長をめぐる情報などについて、不確かだったり、根拠に欠けたりする情報は大量に拡散していましたが、検証が追いつかない状況でした。 JFC以外のファクトチェック団体やメディアのファクトチェック記事もほとんど出ていません。この状況は総選挙と同様です。
「偽情報を熱狂的に信じる支持者」という言説の問題
今回の選挙について、筆者(古田)はあるテレビ局から取材を受けました。「デマが大量に拡散し、熱狂的に信じている人に事実を報じても伝わらない。どうすればよいのか」という質問がありました。 「この捉え方自体に問題がある」と回答しました。 これまでに見たように「改革派の斎藤知事VS貶めようとしたマスコミを含む既得権益層」という語り口(ナラティブ)があります。その中でテレビが「デマを信じる熱狂的な斎藤支持者」などという報道をすれば、このナラティブをさらに強化するでしょう。 読売新聞の出口調査によると、そもそも斎藤氏の県政運営について「評価する」が71%に及び、その6割強が斎藤氏に投票しています(読売新聞)。 JFCでも検証したように、確かに斎藤氏をめぐる言説の中には誤りや根拠不明のものがありました。それは個別に具体的にファクトチェックして指摘しなければ、有権者には届きません。「私が支持しているのは偽情報を信じているからだというのか」と反発を受けるだけです。 もちろん、ファクトチェックをしても、検証対象の言説を信じている人に否定されたり、検証が不十分だと指摘されたりすることはあります。 それでも、JFCのファクトチェック記事は今回の兵庫県知事選にまつわる3本だけでも、合計で数百万ビュー読まれ、ネガティブな反応も多いですが、それを上回るポジティブな反応がありました(こう書くと、JFCを批判する人からのネガティブな書き込みが増えますが)。
「情報の権威の交代」と求められる対応
兵庫県知事選に限らず、最近の選挙は、世界に共通する2つの流れがあります。「ソーシャルメディアでの選挙情報の拡大」と「マスメディアの信頼性と影響力の低下」です。 2024年のアメリカ大統領選は「ポッドキャスト選挙」とも呼ばれました。コメディアンの「The Joe Rogan Experience」などの有力ポッドキャストが大きな影響を与えたからです。 デジタル・ジャーナリズムやメディア論で知られる米ニューヨーク市立大学院名誉教授のジェフ・ジャービス氏は、現在の新聞などに繋がる活版印刷が15世紀に広がったことで、それまで多くの旅人の話を聞いて「情報の権威」だった宿屋の経営者らが権威を失い、やがて、マスメディアの時代となったと解説します。 誰もが発信できるソーシャルメディアの時代について、ジャービス氏は「『(誰かが)こう言った』から正しい情報とされた過去の時代に似てきた」と日経新聞に語っています。歴史で繰り返されてきた「情報の権威」の交代です(日経新聞)。 有権者から見れば、信頼性が高く、争点がわかりやすい情報が得られれば、マスメディアであっても、ソーシャルメディアであっても構いません。 マスメディアもソーシャルメディアにコンテンツを出している以上、そもそも、マスメディア自身が「マスメディア対ソーシャルメディア」という対決構図を作ること自体が間違っているし、そうなれば確実に負けます。多勢に無勢だからです。情報の権威の交代は、まさに進行中です。 問題は、情報の権威が交代することではなく、偽・誤情報が拡散することです。ファクトチェックだけでは不十分で、メディア情報リテラシーの普及、正確な情報発信の強化など、法律を含むルール設定など複合的な対策が不可欠です。そして、その全てにマスメディアは寄与できます。 それがマスメディアの信頼性と影響力の低下への対策ともなるでしょう。情報の権威の交代そのものを食い止めるのは難しそうですが。 判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。