さらば森田、ギャンブル狂の過去「消費者金融の限度額ギリ」 ブクロは両親と3人でパチンコへ
過去にはパチンコ店で倒れたことも…「薄れゆく意識の中で文鎮を必死に守ろうと」
――当時はどういった心境でハマっていたのでしょうか。 森田「やっぱヒリヒリ感ですよね。『負けたらやばいぞ』って時にやっていたので。消費者金融の限度額ギリ、なけなしの1万2000円。『もう1万2000円しか借りられへん』みたいな時だったので、ヒリヒリ度はすごかったっすね」 ――本当に絵に描いたような展開ですね。 森田「『これ負けたら終わりや。死ななあかん』っていうのは何回かありますね(笑)」 ブクロ「僕は借金まではないですけど、ギリギリで助けられた日もありましたね。でもどちらかというと、新台を触りたくなるんですよ。『今はこんな演出なんや』って。新台触ったら、他の新台に移動してみたいな感じだったので、お金をかけて新しいゲームをしている感覚でした。途中からはあまり勝ち負けにこだわらなくなっていた気がします」 森田「やばっ。そんなやつおるん?」 ブクロ「負けても『新台打てたからええや』という時期はありましたね」 ――パチンコ店に通っていた中で、印象的なエピソードはありましたか。 森田「パチンコ屋で海(物語)を打っていて、3万円ぐらい勝ったんですよ。その日は、ずっと熱っぽいなと思っていたんですけど、玉を流して景品カウンターで文鎮(特殊景品)をもらって、交換所に持って行こうとしたら倒れたんです。そのまま救急車で運ばれたんですけど、薄れゆく意識の中で文鎮を必死に守ろうとしたのを覚えてます。救急車の中で目が覚めて『文鎮どこですか?』ってまず聞きました。救急隊員の方が『ここにあります』って(笑)。結果、インフルエンザやったんすけどね(笑)」 ――本能で守り抜いたわけですね(笑)。東ブクロさんはいかがですか。 ブクロ「東京のパチンコ屋で、朝一からパチンコ打って、1000ハマりしてもうて、5万円ぐらい負けたんです。これでヤメるのも嫌やけど、このままだと負け続けるだけやなと思って、その台を諦めました。でも、朝一から育てた台だったので、やっぱ気になるじゃないですか。もう1回戻ってみたら大当たりしてるんですよ。めっちゃ悔しくて、どんなやつが打ってんねんと思って見たら、中尾明慶さんやったんです(笑)。その時は1番腹が立ちましたね(笑)」 森田「中尾明慶さんにハイエナされた男なんですよ」 ブクロ「それと同時に『これが東京やな』と思いましたよ」 ――なかなかのエピソードですね(笑)。お2人がギャンブルを通して学んだことなどはありますか。 森田「ホンマに手をつけたらアカン金には、手をつけたらアカンっていうのはギャンブルを通して学びましたね(笑)。あとは、本当に徳は積んだ方がいいです。僕がようパチンコに行っていた頃は、とりあえず周りにジュースおごってました」 ブクロ「諦めることの大事さじゃないですかね(笑)。粘りすぎてもいいことは何もない。人生においてもそんな気がしますね」