実はいま中国に帰国する「在日中国人」が増えている…日本に長く住む中国人が抱える「意外な悩み」
日本では新鮮な魚を気軽に食べることができない
この男性、王さん(仮名)と私は、仕事を通して知り合い、もう20年以上のつき合いになる。中国関係の研究会などで会うだけなので、顔を合わせるのは1年に1回程度だが、いつも柔和で、教養のある王さんに、私は親しみを覚えていた。王さんは上海市生まれ、上海市育ちで、上海の名門・復旦大学を卒業後、1986年に来日し、日本の大学院で学んだ。現在と違い、80年代に留学生として出国できる中国人は非常に少なく、王さんはスーパーエリートといえる。 その後、複数の企業を経て、2023年に65歳で定年退職を果たした。私はそのことを知らなかったが、ある会合で久しぶりに会い、隣の席になった王さんは「私、昨年定年したんですよ。来日してもう38年です。今後はのんびり過ごしたいと思いましてね」と語り出した。 定年後、何をして過ごしているのか、と聞くと、王さんは「とくに何もしていない」という。家族はいるが、暇なため、ときどき上海に1人で、あるいは妻とともに帰省するようになったという。 「上海の郊外にマンションを買いました。そこに住みながら、1カ月くらい滞在するのが楽しみになりました。とくに何かするわけではなく、日常生活を送るのですが、何が楽しみかって、とにかく食事ですよ。子どもの頃、よく安い油条(ヨウティアオ=中華風揚げパン)を屋台で買って食べたのですが、久しぶりに食べたら、もう美味しくて美味しくて……。懐かしさで涙が出そうになりました。 ほかには、スーパーに行って食材を買い、自宅で中華料理を作ります。中島さん(筆者)はよく知っているだろうけど、中国のスーパーと日本のスーパー、全然違うでしょう?中国の野菜や果物の種類は日本の数倍ありますよ。日本でも最近は空心菜など中国野菜を売っている店もあるけれど、まだ少ない。果物も、中国の北や南の地方から空輸されるので、ものすごい種類が売られています。 それと、海鮮類。市場に行くと、生きた魚や貝がたくさん売られていて、量り売りで、好きなだけ買うことができます。日本では、海辺の観光地に行かないとそういう店はないでしょう?日本では、魚は切り身になって、スーパーのパックに入れられているから。きれいだけど、新鮮とはいえないね」 王さんの「プチ上海生活」の話は止まらない。これまでも休暇などで上海に帰省したことはあったはずだが、それはあくまでも短期の帰省であって、「生活」ではなかったため、揚げパンを買う機会はなかった。だが、自由でストレスのない身になってから上海に戻ると、何から何まで新鮮に見えるようになったという。 後編『在日中国人は「日本の中華」に満足していない…日本に移住した富裕層たちが本格帰国を始めていた…!』では、王さんの体験をもとに在日中国人たちの胸中を紐解いていく。
中島 恵(ジャーナリスト)