「海のはじまり」成功の理由は「イライラさせるヒロイン」 平成の月9の王道だった「ヤバい女キャラ」たち
がん検診啓発よりも「ハマってはいけない男女のタイプ」が分かった月9
「silent」「いちばん好きな花」でもそうだったが、生方脚本に分かりやすい悪役は登場しない。それはおそらくフレーム外にいて、繊細な感受性を持て余す登場人物たちは絶えず傷つき苦しんでいる。「海のはじまり」でも夏に理不尽な言葉を投げつける人物はいるが、最後は大団円だ。そこにはラブストーリーにはつきものの、「選ばれなかった誰か」という分かりやすい敗者は存在しない。 おそらくそうした描き方もまた、視聴者を「イライラさせる」のかもしれない。周囲を振り回したり傷つけたりする人物が、なんのおとがめもなしに「勝ち逃げ」している、反省がない、というように。人間には多様な面があり、誰しも暗い部分や欠けた部分があるのは理解している。他者に寛容であらねばというのも分かる。でも他人の生活まで浸食する影や破れはどうにかしてほしい。そう思ってしまうのもまた、人間として当然の心の動きだが、生方さんはそこには焦点を当て過ぎない。それが彼女の脚本の魅力であり新しさであり、「モヤモヤする」「イライラする」というキャラ批判にもつながっているのだろう。 なお脚本家の生方さんが今作で伝えたかったことは、「がん検診に行ってほしいということ」「避妊具の避妊率は100%ではないということ」だそう。ただそれよりも、こういうタイプにハマったら苦労する、という男女の類型のほうが伝わったのではないかと思ってしまう。死してなお、生者を振り回すような「かまってちゃん」な女性。自分の不始末を省みず、あたふたとうろたえて現在の恋人を結果的に蔑ろにする男性。 ドラマ史に残るラブストーリーを見せるのが月9というなら、また、こういう恋愛はしたくない、というラブストーリーを提示するのも月9にしかできないことだったのかもしれない。「海のはじまり」は「イライラヒロイン」という王道ヒロインを見せたことで、月9復活の「はじまり」を作ったのではないだろうか。 冨士海ネコ(ライター) デイリー新潮編集部
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