「いつもこれを注文していたよ」25年ぶりの客を忘れることなく歓迎した店主を送る最期の宴会
霊柩車が向かう先
中国の伝統では、棺を運びながら自宅を3周してから埋葬に向かう。この日、霊柩車が向かう先は、疑いの余地がなかった。 ノイジー・ジムを乗せた車は、近所を3周した後、彼が築き上げたニュー・アウトルック・カフェに最後の別れを告げた。 サスカトゥーン郊外の広大な土地にあるウッドローン墓地は、美しい設計が特徴だ。その中で華人の墓が並ぶ大きな区画がある。 どの墓石にも、プレーリー地方ではよく耳にする「余(ユウ)(訳注:プレーリー地域の華人は台山語話者が多く、イーという読みが一般的)」「麥(マク)(麦)」「周(チョウ)」「馬(マ)」といった姓が大きく刻まれている。 下ろされる棺を前に泣き崩れる妻のメイを息子のグラントとスティーブが抱きかかえた。 葬儀後に市内の中華料理店で会食の場が設けられていた。出席者がみな店に移動した後、私は一人、ジムの墓前に立っていた。 2年前、華人の物語を求めて世界へと旅立った私にとって、記念すべき最初の訪問地が、ここアウトルックだった。ここを起点にしたことに間違いはなかったと改めて実感している。 『「神の御手に導かれた」…あるベトナム人難民がなんの所縁もないイスラエルに定住申請をした驚きのワケ』へ続く
関 卓中(映像作家)/斎藤 栄一郎(翻訳家・ジャーナリスト)