『カラオケ行こ!』はなぜヒットした?男性同士の特別なつながりを描く“ブロマンス”作品からその理由を紐解く
男子中学生がヤクザに歌を教える。そんな突拍子もない設定で笑いだけでなく感動をももたらした『カラオケ行こ!』(23)は、リピーターも続出するほどの人気を博した。これだけ多くの人を惹きつけた魅力は、男子中学生とヤクザという一見接点のない2人が築き上げる、“ブロマンス”(固い絆で結ばれた男性同士の特別なつながり)ともいえる関係性にあるだろう。8月7日(水)には待望のBlu-ray&DVDがリリースされるということで、本記事では近年話題になったブロマンス作品との共通点を分析しながら、『カラオケ行こ!』がヒットした理由を探っていきたい。 【写真を見る】綾野剛演じる強面ヤクザの目には、父性や包容力もにじみでている(『カラオケ行こ!』) ■負けられないカラオケ大会に向け、ヤクザが中学生男子に弟子入り!? 本作は和山やま原作の人気コミックを、『リンダ リンダ リンダ』(05)などの山下敦弘監督が実写映画化したヒューマンコメディ。中学校で合唱部の部長を務める岡聡実(齋藤潤)は、合唱コンクールが3位で終わった日に突然現れたヤクザの成田狂児(綾野剛)から「カラオケ行こ!」と誘われる。狂児の目的は歌が上手くなるコツを教えてもらうこと。組長(北村一輝)が開催するカラオケ大会で最下位になった者は組長によって下手くそな刺青を彫られるため、狂児は歌が上手くなってそれを回避したいのだった。聡実はしぶしぶアドバイスし、やがて2人は交流を深めるようになっていく。 ■「あぶ刑事」シリーズや『セトウツミ』にみる、主人公たちが生みだす心地よさ カラオケを通して聡実と狂児は心の距離を縮めていくが、2人が放つバディ感は心を揺さぶるものがある。バディものは人気の高いジャンルであり、舘ひろしと柴田恭兵が演じてきたタカ&ユージがスクリーンに舞い戻った『帰ってきた あぶない刑事』が今年5月に公開されたことは記憶に新しい。ドラマ放映開始から38年、衰え知らずの熱量で観客を楽しませ続ける「あぶ刑事」シリーズはこのジャンルの代表格。普段はふざけ合いながら、いざという時には命懸けでお互いを想い合う2人の熱い友情は、ファンの心を惹きつけて止まない。このように長年にわたって愛されるシリーズがあるほど、バディものを好む人は多い。 ただ、バディとは言っても、『カラオケ行こ!』の2人は冒頭で述べたように突拍子もない組み合わせで、そこにインパクトがあって俄然興味をそそられる。主人公の聡実は大人しめで常識的な中学生だが、彼の日常に突如として現れたのがヤクザの狂児だ。2人が出会うシーンからして印象的。合唱コンクールが終わってひっそりとした会場を聡実が歩いていると、狂児が目の前に現れる。その背中には雨に濡れたシャツが張り付き、派手な刺青が透けて見えている。場違いな狂児の姿が際立つこのシーンだけで、グッと世界観に引き込まれる。 その後、聡実は狂児の組の者たちにまで歌のアドバイスをさせられたり、狂児が学校までやって来て慌てふためいたりと日常をかき乱されることとなる。こういった流れで思いだされるのは、『まほろ駅前多田便利軒』(11)だ。便利屋を営む多田(瑛太、現・永山瑛太)のもとに、中学校時代の同級生である行天(松田龍平)が転がり込み、多田は彼に振り回されてしまう。行天と多田の境遇は共通することが多いものの、自由奔放な行天に多田は憧れと羨望をないまぜにした感情を抱いて突き放すことができない。淡々とこなしていた日常が突如現れた者のために一変する様は本人にとっては気の毒と思いつつも、観ているほうがつい「いいぞ、もっとやれ」と思ってしまうのは『カラオケ行こ!』と同様だ。 シュールな笑いもまた、本作の注目ポイントの一つ。狂児の勝負曲である「紅」の裏声熱唱は一度聞いたら忘れられないほど耳に残り、思いだし笑い必至。「終始裏声が気持ち悪い」と聡実からピシャリと一蹴されようが、めげずに歌い続けようとする姿もおかしい。そして、狂児のほうが笑いの担い手であるかと思いきや、聡実もヤクザ相手に毒舌を吐いたり、狂児に対して無表情で無視したり、意外にアグレッシブで笑わせてくれる。この手の笑いは高校生2人の会話劇が展開する池松壮亮&菅田将暉共演の『セトウツミ』(16)に通じるものがある。ヤンキーっぽい瀬戸とインテリな内海、一見接点のなさそうな2人が共有するまったりとした空気感は独特でやけに心地よい。オフビートなノリで笑いのツボを刺激し、ツッコミだと思っていたほうもボケ側に回ったりと変則的で、目が離せない。 ■お互いのよさを引きだし合う関係性…『カラオケ行こ!』をはじめとしたブロマンスのもつ魅力 そんな笑える本作だが、笑いだけで終わらせないところがファンの心を掴んで離さない要因だろう。聡実は合唱部の部長として部員を引っ張っていく存在だが、変声期を迎えて苦しい立場にある。でも、その悩みをおおっぴらに人に話したり、周囲に相談したりできないのが思春期らしくてせつない。自分が青春を懸けている合唱で、その歌声が出なくなるかもしれない、それは存在意義を脅かされる不安感を持つことだろう。そんな想いを内に抱えた聡実の支えになっているのが、狂児という存在だ。狂児は年下の聡実に対して誠実で、歌の先生として敬意を持って接している。だからこそ、聡実は少しずつ狂児に心を開き、日常から離れた存在である狂児には本音を言うこともできるのだ。 もちろん、狂児は聡実のことを歌の先生として頼りにしているが、毎日のようにカラオケに誘うのはそれだけが理由ではないだろう。荒みきった裏社会に身を置く人間とは本来交わることのなかった聡実は、狂児にとってかつての素直さ、純粋さを思いださせてくれる特別な存在であるはずだ。聡実と狂児はお互いがお互いの救いとなっているように見える。 そんな彼らは『ピンポン』(02)のペコ(窪塚洋介)とスマイル(ARATA、現・井浦新)の関係性を彷彿とさせるものがある。幼なじみで同じ高校の卓球部に所属するペコとスマイルはライバルでありながら、双方が相手のヒーローだ。聡実と狂児もそれぞれがヒーローであり、2人が紡ぐ絆にも心掴まれるものがある。また、中学生なのに大人びたところのある聡実と、大人なのに無邪気な子どものようである狂児は対照的でもあり、「探偵はBARにいる」シリーズの探偵(大泉洋)と相棒の高田(松田龍平)の関係性にも似ているとも言える。酒好きで美女に弱いが信念を持って事件解決に取り組む探偵と、怠惰な性格だが空手の師範代で喧嘩が強い高田。対照的な2人は、互いに自分が持っていないものを持っており、共に補い合う存在なのだ。 ■複雑な役柄ながらも、“聡実のバディ”を見事に演じ切った綾野剛の存在感 大人な面と思春期らしい不安定さを見事に体現した齋藤もさることながら、狂児の複雑な魅力を見せつけた綾野の力量も特筆に値する。綾野はこれまで数多くの作品に出演して様々な役柄をこなしてきており、『日本で一番悪い奴ら』(16)や『64-ロクヨン- 前編/後編』(16)といった硬派な作品のイメージが強い方もいると思うが、2020年に放送されたテレビドラマ「MIU404」ではコミカルな演技を披露。こちらもバディもので綾野は星野源扮する規則に忠実な刑事と組む、彼とは正反対に明るく破天荒な刑事を振り切って演じている。 今回の狂児役はどちらの面も併せ持ち、綾野は強面のヤクザでありつつ笑える要素を盛り込んだキャラクターを構築。さらに、聡実を見つめる狂児の目は父性にも似た慈愛を感じさせ、時には包容力で包み込む。聡実の心のなかに入り込み、彼にとってなくてはならない人物にまでなることに大きな説得力をもたらしている。あんなにかけ離れた存在だった聡実と狂児の結びつきは涙さえ誘い、胸を熱くさせるのだ。 男子中学生とヤクザが織り成すブロマンスが笑いと感動をも与えてくれる『カラオケ行こ!』。ここに述べてきたように、これまで話題となったブロマンス作品との共通事項が多く、ヒットを放ったことが納得できる。多様な魅力があって何度でも観たくなる作品だ。 文/牧島史佳