篠田三郎「杉村春子先生には〈昔の恋人に似てる〉と役をいただき、奈良岡朋子さんには〈ただの二枚目じゃない〉と言われ」
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第24回は俳優の篠田三郎さん。初舞台ではセリフを噛んだりと、お客が笑い出す場面もあったと語る篠田さん。そんな篠田さんが劇団民藝に所属することになったのは「一にも二にもそのお人柄」だそうで――(撮影=岡本隆史) 【写真】奈良岡朋子さんと共演した『八月の鯨』の稽古シーン * * * * * * * ◆杉村春子先生から教わったこと 篠田さんのNHK大河ドラマ出演作を見るだけでも、『花神』の吉田松陰(77年)、『草燃える』の源実朝(79年)、『山河燃ゆ』の三島啓介(84年)、『武田信玄』の山県昌景(88年)ほか、7作品に及んでいる。 私が特に好きだったのは、NHK銀河テレビ小説の『女の一生』(77年)の栄二役で、布引けい役は樫山文枝さんだった。これは文学座の財産とも言える森本薫の名作で、杉村春子・北村和夫の名演があまりにも素晴らしかったが、テレビの若い二人の熱演にも好感が持てた。 ――北村和夫さんの栄二は残念ながら観てないんです。でも舞台でご一緒したことはあるんですよ。石井ふく子さんの演出で『春日局』。ご自身は徳川家康の役なのに、なんか違う感じの役みたいにして出て来たり、楽しい方でした。 杉村春子先生が観にいらした時は、もうワクワクしてときめいて、青年みたいでしたね。
僕が最初に舞台に出たのは、やはり石井ふく子さん演出で、『恋ちりめん』(76年)。三田佳子さんの相手役で、三越劇場でした。周りが全部新派の方で、安井昌二さんとか、市川翠扇さんとか。あと春本泰男さんには大変お世話になりました。 とにかく初舞台で、舞台ってものを知らないし、ドタドタ歩いたり台詞を噛んだり。お客様が笑い出しちゃって。でもしまいには拍手をいただきましたけどね。 杉村先生とご一緒の舞台に出たのは芸術座の『木瓜(ぼけ)の花』(86年)です。杉村先生の昔の恋人に似てるという男の役で、嘘かほんとか杉村先生のご指名だと伺いました。 ある時、杉村先生から「あなたね、舞台はずっと後ろのほうにもお客様がいるわけだから、もっと声を出しなさいよ」と言われて。 その通りにしてたら、観に来た友達から「目の前の相手としゃべるのに、あんな大声は不自然だよ」と言われ、少し声を絞ったら、「また小さな声になっちゃって、どうしたの?」って。かくかくしかじかでと言ったら、「いいのよ、私の言うことさえ聞いてれば」って(笑)。 最初お会いした時はやっぱりかなり年配の方だなと思いましたけど、ご一緒しているうちにだんだん好きになって、「先生、今日の駄目出しは?」「そうそうあるもんじゃないわよ、あなた」なんてね。ずいぶん甘えさせていただきました。
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