ドラマ「海のはじまり」を誰の目線で観るか?人知れず嗚咽したことのある女たちの共感
人知れず嗚咽した女たちの涙が詰まっている
私自身はホラーという感覚はなくて、罪の意識と痛みが強いドラマだと思った。若いときに産むか産まないかの選択をしたことで、こんなに自分を責めて生きるのかと苦しくもなった。 水季が中絶しようと思ったのは、夏の人生を奪いたくないから。これから就職する前途洋々の夏が、子供をもつことで選択肢が狭められることを避けた。そもそも水季は決めつけや思い込みにとらわれることを嫌い、選択肢にないあらゆる可能性を探す性分だったことが会話でも伝わってくる。自由を奪われることが嫌いな人は、人の自由を奪うことに敏感でもある。自分を主語にして覚悟のうえで産んだのに、病に命を奪われることになるとは、どれだけ無念だったことか。しかもワクチンと検診で予防できる子宮頸がんで。お金も余裕もないシングルマザーにとって、検診は二の次になるのが必定。母にも娘にも決して見せない涙をどれだけ水季が流したことか。 また、弥生は前の恋人との間で中絶を経験している。弥生自身は産むつもりでいたが、彼は中絶が前提。あまりに慇懃で、完璧に誠実な対応をしたことで口をつぐんだ弥生。電話で相談した実母にも、中絶一択でけんもほろろに突き放された弥生。望まれない妊娠に自分の意志を押し殺した過去があった。手術後、家に帰って浴室で嗚咽する場面があった。個人的にはあの場面に近い状況を経験したことがある。シャワーの水しぶきとともに涙を流したいのだが、流しても流しても涙が止まらない(シャワーかけながら泣いたことがある女は強くなれます)。 さらにもうひとりの女、水季の母・朱音は長いこと不妊治療を経験し、やっと水季を授かったという設定だ。ベビーカーを見るとイライラするほど苦しんできた。黒い自分、闇に落ちそうな自分を経験しているのだ。苦悩して産んだものの、生意気でワガママな水季に反抗されまくり。しかもそんな娘がシングルマザーになると自分で決めて、何の相談もしてくれなかったことを嘆く朱音。母親になりたくてなりたくて仕方がなかった朱音と、望まない妊娠だが覚悟のうえ産むという水季、母娘の会話が容赦なく残酷でもあった。夫(利重剛)がフラットに優しくて平等で、癒されて助かる部分もあれば、逆に優しすぎて腹立たしいときもあるだろうな、と想像した。娘に先立たれ、孫娘を残され、怒りが噴出する場面も多かったが、自責の念も強いに違いない。怒りを凌駕する量の涙を流してきたことも伝わってくる。 夏、水季、弥生、朱音。どの目線で見守る? むしろ、外野となって見守るスタイルもあり。夏の家族(実母の西田尚美、再婚相手の林泰文&その息子・木戸大聖というステップファミリー)で協力体制をしいていきたい人もいるだろう。水季がシングルマザーで奮闘していた姿を知る同僚たち(池松壮亮&山田真歩)の目線で、モヤモヤしながら苦々しく見守る人もいるだろう。いずれにせよ、重要なのは誰の目線であっても、海ちゃんの幸せを想像力で創造してあげることだろう。水季が望んだ「自分の意志で決めさせる」ことをモットーに、大人たちが総力をあげて子どもを育んでいく。そこに親とか家族とかの肩書はいらない。と、このドラマではうったえているような気もする。 第6話で、水季が産む決意を固めた背景に、実は弥生がいたことがわかった。なんという偶然。名も顔も知らぬ、見ず知らずの女同士の奇跡の連係をさらりと描いた脚本家・生方美久の手腕。水季が命を落とした子宮頸がんについても、ささやかな提言が込められていた。弥生から後輩・彩子(杏花)へのセリフに予防意識の啓発を匂わせたのだ。繊細な配慮も大胆な心情描写も、人の心をぐっと掴む。改めて拍手したい。
『海のはじまり』 フジテレビ系 毎週月曜 夜9時00分~ 脚本:生方実久 音楽:得田真裕 プロデュース:村瀬健 演出:風間太樹(AOI Pro.) 高野舞 ジョン・ウンヒ(AOI Pro.) 出演:目黒蓮 有村架純 泉谷星奈 木戸大聖 古川琴音 池松壮亮 大竹しのぶ ほか
吉田潮