ビジネスパーソンこそ知るべき「台湾有事」危機感の裏側。第一線の専門家が分析する“日本がとるべき戦略”
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ攻撃という2つの戦火が世界を揺るがすいま、アジアにおいても「台湾有事」が大きな懸念材料となっている。が、いたずらに危機感を抱く以前に、なぜ中国は台湾を支配したいのか、そしてそのコストにどの程度かける意図があるのか、などを冷静に分析する必要がある。 【全画像をみる】ビジネスパーソンこそ知るべき「台湾有事」危機感の裏側。第一線の専門家が分析する“日本がとるべき戦略” 台湾問題の第一線研究者と自衛隊元幹部らが連携して徹底的かつ緻密に分析、解説したのがこのほど出版された『台湾有事は抑止できるか 日本が取るべき戦略とは』(勁草書房)だ。 アメリカの「戦略的あいまいさ」や「不介入論」などのはざまで揺れる台湾だが、アメリカや日本、および西側諸国を中心とした国際社会にとっての台湾の価値は、昨今の米中戦略競争の激化の中で上昇している。 しかし本書の中心編者である松田康博・東大教授は序章のなかで、中国にとっては「中国はひとつ」、すなわち分裂していない、というのが台湾海峡の現状認識であり、いまだに統一していないだけの状態であり、台湾が独立を宣言するどころか、分裂状態を維持すること、統一交渉を拒絶することさえもが「現状変更」行為となる、と分析、解説する。 また、その統一プロセスを引き伸ばすことができる論理とは中国自身の平和と発展(中華民族の偉大な復興)が妨げられる場合のみだと喝破し、続く第一章ではアメリカがかつてソ連との対抗を進めるうえで米中国交正常化により中国の抱き込みをはかりつつも、「台湾関係法」制定で台湾を完全に見棄てなかった経緯などをはじめ、現在の米中戦略的競争下における台湾支援政策の実態にも緻密な視点で踏み込んだ。 続いて編者のひとり福田円・法政大学教授は第二章で日本にとっての台湾を地政学的重要性や、過去に約50年にわたって領有した歴史的経緯などを整理、分析したうえで、日本が対中国関係を進めるなかで「台湾海峡有事」は起こりえないという立場をとってきた(それゆえに棚上げされてきた要素が多い)ことなどにも言及。 安全保障上の重要性、経済的な重要性、価値観をともにする重要性などの検討を加えたうえで、日本には武力以外の強制力による現状変更に対応する法的な裏付けがほとんどなく、またその議論もされてこなかった事実を指摘し、自覚的な議論をうながしている。 一方、やはり編者ひとりで、元海上自衛隊国際掃海訓練(ペルシャ湾)派遣部隊指揮官、掃海隊群司令部幕僚長、防大教授を歴任した河上康博・笹川平和財団安全保障研究グループ長兼主任研究員は第九章「軍民両用技術の活用─新旧軍事領域への教訓」で、ロシア・ウクライナの軍事衝突をもとに、新旧領域(陸、海、空、宇宙、サイバー、電磁波領域)における軍民両用技術が、「統合的」に一歩でも優位に立つことの重要性などを浮き彫りにしている。 全体を通しての結論は、日本に「できること」として、1. 日本自身の防衛能力を高めること、2. 日米同盟の対応能力を強化すること、3. 経済をはじめとする台湾との実務関係を拡大し強化すること、4. 中国と対話し、対中外交上の交渉力を向上させること、の4項目に集約。 また日本自身がこれまで台湾海峡の現状を維持してきた枠組みから主導的に逸脱すること、逸脱するのではないかという懸念や期待を中国、台湾、アジアの周辺諸国・地域に抱かせることを、「できないこと」「すべきではないこと」だと整理し、アジアの周辺諸国に対しては日本が台湾海峡の現状変更を望んでいるのではないということを正確に伝達したうえで、台湾における民主主義や繁栄の価値観を訴え、共感をうながしていく必要がある、と締めくくっている。 本書には世上かまびすしい「有事」の、イメージと実態のギャップ、日本の内と外のギャップを埋め、現実に基づき、冷静な議論を進めるうえで最低限知っておくべき歴史的経緯と最新の要素が網羅されており、その表現も極力平易になるよう工夫されている。中国や台湾、および周辺関係諸国・地域との貿易などに携わるビジネスパーソンにこそ読んでほしい一冊だ。
The News Lens Japan