7つの童話にインスパイアされた変幻自在融通無碍な幻想文学最前線(レビュー)
奇想の魔術師にして短篇の名手。それがケリー・リンクだ。すでに日本でも『スペシャリストの帽子』『マジック・フォー・ビギナーズ』『プリティ・モンスターズ』という3冊の作品集が翻訳されていて、世界幻想文学大賞を受賞した独創性は海外文学ファンの知るところ。 『白猫、黒犬』には、そのリンクが『白猫』、『太陽の東 月の西』、『ブレーメンの音楽隊』、『こわいことを知りたくて旅にでかけた男の話』、『ヘンゼルとグレーテル』、『タム・リン』、『しらゆきべにばら』という古い物語にインスパイアされた7つの作品が収録されている。原典に関しては、訳者あとがきで粗筋が紹介されているのでご安心を。ところが、読み始めるとそうして頭に入れておいた元の物語が、「いずこへ?」と行方知れずになっていく作品がいくつかあって、当惑必至なのである。 たとえば、あまりにも有名な『ヘンゼルとグレーテル』に材をとった「粉砕と回復のゲーム」。慈しみあっている兄のオスカーと妹のアナト。ここまではいいのだが、2人がいるところは油断していると吸血鬼に襲われてしまう宇宙船。アナトはそこでオスカーと手指がたくさんある〈お手伝い〉に守られて成長しているようなのだけれど、実は彼女の正体は―という謎がじょじょに明らかにされていくSF幻想小説になっていて、そこからグリム童話の原型を見つけるのが大変。でも、その考察が楽しい。そんな物語なのだ。 おすすめするのは、比較的忠実に原典に寄り添っている「白猫の離婚」、元ネタを知らなくても楽しめる、ゲイカップルの愛溢れる冒険譚「地下のプリンス・ハット」や少女の成長を宿命の恋とからめて描く「貴婦人と狐」のようなわかりやすい作品から入る読み方。ここで高度な奇想に慣れるための準備を済ませれば、後は大丈夫。全部読み切った暁には、変幻自在融通無碍なリンク世界に魅了されること請け合いなのだ。 [レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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