福山雅治「名プロデューサーは名ファンでもある」大泉洋「ふわり」の歌詞に言及
シンガーソングライターで俳優の福山雅治がパーソナリティを務めるTOKYO FM/JFN全国38局ネットのラジオ番組「福のラジオ」。3月9日(土)と3月16日(土)の2週連続で、ゲストに大泉洋さんが登場。今回は、3月9日のオンエアの様子をお届けします。 大泉さんが、ベストアルバム『YO OIZUMI ALL TIME BEST』の制作エピソードや、武道館ライブについて語ってくれました。
◆人生の分岐点は「水曜どうでしょう」の放送終了
大泉:私のアルバムが出るんですよ。『YO OIZUMI ALL TIME BEST』の宣伝を重点的におこなっております。 福山:ベストアルバム『YO OIZUMI ALL TIME BEST』は3月20日(水・祝)にリリースです。いいタイミングですねえ、2週続けて出演からのリリースですから。先行配信している「ふわり」を手掛けたのは(GLAYの)TAKUROさんですよね。 大泉:そうです。 福山:武道館で聴きましたよ。武道館の話も言いたいことがいっぱいあって。 大泉:私もあります(笑)。 福山:まず1曲流しましょうか。アルバムのプロモーションとしてはどれを推しているんですか? 大泉:「あの空に立つ塔のように」をお願いします。 福山:玉置浩二さん作曲、作詞は大泉洋さんの曲です。 番組では楽曲のオンエア後、リスナーから寄せられたメッセージを紹介。三重県三重郡にお住まいの、ラジオネーム・雑草さんからの質問に大泉さんが答えました。 「大泉さんの曲でNHK紅白歌合戦でも披露されていた『あの空に立つ塔のように』で知りたいことがあります。以前福山さんが、自分の中にないものは歌詞として生まれてこないとおっしゃっていました。だとすると、この曲に登場する『あの日君に聞かせたあの夢を いつか叶えるその日がくるまで』という歌詞は、大泉さんが果たせていない何かの表れなのでしょうか?」 福山:自分の中にないものは歌詞として生まれてこないということについては、どう思います? 大泉:それはまったくその通りだと思います。かと言って、歌詞に出てくるものが全部自分のものでもないじゃないですか。 福山:そうですね。 大泉:叶えられなかった夢があるわけではないですが、自分の夢が全部叶っているわけでもないです。 福山:大泉さんは「これが俺の夢だ」というものを持って上京してきたんですか。 大泉:全然違います。私は上京していなくて、北海道の仕事をそのままに、役者の仕事をやる感じでしたから。 福山:就職はしていない? 大泉:していないです。これから真剣に仕事のことを考えるよりも先に、大学2年のときにテレビに出始めちゃったんですよ。 福山:一番悶々としていた時代は大学に入る前ですか。 大泉:高校時代じゃないですかね。 福山:大学へは進学しようと。 大泉:そうですね。2年浪人しました。 福山:その時期は「人生どうなるのかな」と思っていました? 大泉:人生どうなるのかなって思ったのは「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)が終わったときですかね。 そのときは「俺、これから先食っていけるの?」というのが一番怖かったです。 福山:大海原で急に船が止まった! と思ったと。 大泉:思いのほか早く、この船が止まったぞと思いましたね。6年でレギュラーが終わるんですよ。人気絶頂になって自分でも手ごたえがあって、でも終わることになって北海道で食っていけるのかって不安が一番あったのがそのときです。 福山:20代後半ですね。 大泉:自分がどう生きていこうか真剣に考えるのって、だいたい30歳ぐらいじゃないですか。20代ってお金がなくてもいいし、楽しいだけでどこまででも行けるんですよね。いや、その話はいいんですよ。僕のアルバムの話は(笑)? 福山:(笑)。