消滅の危機だった「地球の歩き方」 救世主は学研グループ/「私もお世話になったから…」元バックパッカー社長の思い ~新井邦弘社長インタビュー前編
◆出版社にしか承継できない
――『地球の歩き方』が学研グループに事業譲渡されることについて、どう感じていたでしょうか。 まず、この事業は出版社が引き受けなければならないと思っていました。本人に確認したことはありませんが、当社トップの宮原(※博昭・学研ホールディングス代表取締役)も同感だったと思います。 『地球の歩き方』のブランド力は高く、過去のコンテンツも充実しています。 これほどのコンテンツメーカーは、出版社以外からも興味を持たれていたはずです。 特にIT企業などは、大きな予算を用意しても欲しがるだろうと思いました。 実際、世界ナンバーワンのガイドブック『ロンリープラネット』は2020年にIT企業に買収されています。
◆価値があるのは「旅人目線」の伝統
――インフラを持つIT企業がコンテンツの蓄積を欲しがるというのは、分かりやすい構図ですね。 そうですよね。しかし、『地球の歩き方』の価値は、マテリアル(※素材)の良さだけではありません。 必ず人が日本から現地を訪れ、旅人目線で歩き、調査をしてくる。 地道な作業を愚直に積み重ねてきた、この「編集コンセプト」にこそ本質的な価値があります。 経済効率や合理性を考えれば、現地に住む人から情報をもらえばいいのですが、そこに旅人目線はない。 つまり『地球の歩き方』が40年かけてきた暗黙知こそが財産であり、そこを引き継がなければ『地球の歩き方』ではなくなることが、出版社なら理解できるはずです。 そこまで引き継がなければ、やがて陳腐化するという印象はありました。 出版物は社員編集者だけでは作れません。 社員より長く、もしかしたら創刊時から動いてきた数多くの編集プロダクションだとか、ライターさんなど、外部の知見やクリエイティブが集まって作られます。 ブランドを守るには、それも含めてそっくりそのまま、引き継げるかどうかにかかっています。 こうした考えを理解できる出版社でなければ、『地球の歩き方』の事業譲渡は無理だったのです。 (取材は2023年9月、肩書は当時)
●株式会社地球の歩き方 代表取締役社長 新井邦弘
1965年生まれ、埼玉県出身。東京都立大在学中にバックパッカーとして中国、ヨーロッパ、中東諸国をめぐり、大学卒業後に学習研究社(現・学研ホールディングス)に入社。月刊「ムー」編集、「歴史群像」編集長を経て事業室長に。2015年に学研ホールディングスへ転籍し、グローバル戦略室長に就任。20年、学研グループへの事業譲渡によって設立された新会社『地球の歩き方』の代表取締役社長に就任。