【独自】松本・地下鉄サリン事件の記録、散逸の危機 被害者のカルテなど廃棄進む
厚労省研究班が保存を提言 予算は付かないまま
オウム真理教が1994年6月と95年3月に相次いで起こした松本、地下鉄両サリン事件で、猛毒サリンの中毒症状に陥った被害者のカルテや救護記録の廃棄が進んでいることが26日分かった。受け入れた病院などが保存期間超過などを理由に廃棄しており、厚生労働省の研究班が2022年3月に保存を提言したが、現在も予算が付いていない状態。治療などに携わった医師らは「30年という区切りが最後のチャンス」と訴えている。 【写真】「命は戻ってこないが、慰めになれば」。松本サリン事件から30年、地元町会が献花台を設置
化学テロに対する危機管理能力 向上へ貴重な資料
厚労省の研究班には両事件の治療や研究に携わった医師らが参加。救護や治療記録などが化学テロに対する危機管理能力を向上させる上で貴重な資料とし、後世に残そうと19~21年度に活動した。 研究班は、地下鉄事件について治療に当たったとされる39医療機関にアンケートを実施。14機関が回答したが、カルテなどを保存していたのは6機関だけだった。医師法はカルテの保存期間を5年と定めており、法的問題はないが、散逸が進んでいる状況が浮かんだ。 アンケートでは、貴重なカルテなどは法的に残すことを定めてほしい―といった意見もあった。保存するにも経費がかかることなどが理由だ。
松本サリン事件、4機関が計242人分のカルテなどを保存
一方、松本市内の6医療機関で計264人が治療を受けた松本事件。信濃毎日新聞の独自取材も含めると、05年3月に廃止された県救急センター(旧県がん検診・救急センター)で受け入れた3人分のカルテなどが廃棄されていた。県医療政策課によると、保存期間超過が理由という。 信大病院、相沢病院、丸の内病院、松本協立病院の4機関が計242人分のカルテなどを保存していることも確認できた。市も、信州大病院などとつくる地域包括医療協議会が現場周辺の住民を対象に行った健康調査などの記録を永久保存していた。城西病院は個人情報を理由に保存しているかどうかを明らかにしていない。
市街地に化学兵器を噴霧「前例のない犯罪の記録。世界的にも貴重な財産」
厚労省の研究班は22年3月、「サリン事件アーカイブ事業仕様書案」をまとめて発表。当時の関係者が高齢化する中で、カルテなど救護・救出に関わる情報は、危機管理能力向上のために貴重な財産とし、収集のプロセスや、収集する対象などを提言した。 両事件の記録の保存・収集は、超党派の国会議員連盟が19年7月に行った「救護・医療等の保存に関する決議」がきっかけ。20年2月、研究班の補助金交付通知があり、同年9月に当時の菅義偉官房長官が研究を進めていると表明した。 厚労省は22年度以降、800万円弱を予算要求し続けているが、予算は付いていない。同省厚生科学課は取材に「化学テロに対する危機管理能力を高める観点から記録の保存・収集は重要」としつつ「実現するための理解が得られていない」と説明している。 研究班代表で、聖路加国際病院(東京都中央区)で地下鉄事件の被害者の治療に当たった奥村徹医師(61)=危機管理医学=は「市街地に化学兵器を噴霧する前例のない犯罪の記録で、世界的にも貴重な財産」と強調。改めて残存するカルテなどの保存を求める。 研究班の一員で信大総合健康安全センター長の森田洋医師(62)も「重要な事件は資料を取っておく仕組みそのものが大切」と訴えている。