なぜ天心は武尊との“世紀の一戦”に勝利できたのか…「負けたら死のう」の壮絶動画“遺書”とクセを研究し尽くした戦略
最強を決める“世紀の一戦“「THE MATCH 2022」が19日、東京ドームで5万6399人のファンを集めて開催され、RISE世界フェザー級王者、那須川天心(23)がK-1 スーパーフェザー級王者、武尊(30)と58キロ契約(当日体重戻し4キロ以内)の3ラウンド+延長1ラウンドの特別キックルールで対戦して5-0で判定勝利した。天心は1ラウンドの終了間際に戦慄の左カウンターでダウンを奪い、2ラウンドには偶然のバッティングで右目を痛め、視界が制限されるアクシデントがあったが、最後までスピードで優る右ジャブでコントロール。武尊のクセを調べ抜いた戦略を貫いて強打を空回りさせた。これが天心のキックラストファイト。47戦無敗のレコードを引っ下げてボクシングに転向することになる。
1ラウンドに戦慄の左カウンターでダウン奪う
5人のジャッジ全員の判定結果を聞く前にもう天心は泣きだしていた。 「感情がばっと出ちゃった」 勝利の確信があっただけではない。23歳のファイターが背負ってきたものからの解放感と、証明したものへの満足感…あらゆる思いが交錯したのだろう。 マイクを持った天心は絶叫した。 「やったぞ!」 そして、「オレ勝っちゃったよ。武尊選手がいたから、ここまで続けられた」と熱く独り語りをした。 完勝だった。 天心はリングで武尊と向いあった瞬間「骨格、体格はでかいが、思ったより小さく見えた」という。 「何倍も何倍も強い武尊選手をイメージしていたが…それが勝因」とも回想した。 1ラウンド。天心は武尊のセコンドの声が聞こえていたという。 極度の集中状態。 「ジャブは捨てていいから」 その武尊サイドの言葉を聞いて、天心は右ジャブにカウンターを合わせてくる危険がないと判断し「踏み込んだ」。 フェイントを交えながら右ジャブでコントロールしていく。 武尊は動きが硬かった。元々はスロースターターだが、ほとんど手が出ない。天心が、左のストレートと蹴りを交えながら先手を取るだけでなく、いわゆる打ち終わりを逃がさない「後の先」も取っていた。 終盤に反撃をかけようとした武尊が右から左のパンチを放とうとした、その刹那。天心の左がカウンターとなって炸裂。武尊はもんどりうってダウンした。ドームに地鳴りが響く。天心は武尊の動きがスローモーションのように見えたという。 「会心の左。カウンターでコンパクトに刀のように力を入れず切るイメージで打てた」 大振りになる武尊の隙を狙おうと最終調整で確認したパンチだったというが、一種の「ゾーン」に入っていたのだろう。 「不思議な感覚だった。パンチを当てて動いてから、ウオーという声が反響する。そっちの次元にいっているのかとわかんないくらい時間がゆっくり流れてパンチが見えていた」 だが、武尊はゴングに救われた。 2ラウンドに絶体絶命のアクシデントが起きる。両者が突っ込んだ際に偶然のバッティングで、武尊の頭が天心の右目を直撃したのだ。ドクターチェックが入ったが、天心は目をまともに開けられない状態だった。 「集中力はキレていなかったが、ちょっとやばい。視界がぼやけて、3ラウンドも視界が戻らなかった。それでも冷静だった」 右側の視界の一部がなくなったという。一時的にダブルビジョンと呼ばれる状態になっていたのだ。だが、天心は、まるでベテラン格闘家のようにしたたかだった。右ジャブで距離をとり、至近距離から打たれると、腕を絡めてクリンチ。いらだつ武尊がふりほどこうと投げを打って背中から落とされた。口頭注意が与えられた反則行為。天心はピンチをチャンスに変えようとしていた。 公開採点は5人のうち4人が10-10。1人だけが武尊の右のパンチのヒットを評価したのか、10-9で武尊を支持したが、4人が2ポイント差。もう武尊は3ラウンドにダウンを奪うしか逆転の可能性は残されていなかった。 「絶対に(出て)来るから。そこに全部合わせていこう」 予想通り被弾覚悟で振り回してきた武尊をステップワークと右ジャブでいなす。 右ジャブがクリーンヒットしたが、武尊はニヤっと笑い。ノーガードで“もっと打って来いよ!”というポーズで挑発した。 だが、天心は、その誘いに乗らなかった。 「ここで乗ったらいけない」 しかも、武尊が笑った後にどんなパンチを放ち、どんな動きを取るかのクセを「全部研究して対策をしていた」というから恐ろしい。おそらくだが、父の弘幸氏が3冊分のノートにしたためてきた研究の成果なのだろう。武尊が左から右へとフックを振ってきたが、天心はボデイワークに加え、巧みなクリンチで組みつき、その怒涛の反撃を空回りさせ封じ込めてみせる。 そしてゴング。6年半にわたる2人の物語は、濃密な9分間の戦いの末、天才キックボクサーと呼ばれた男が勝者となり幕を閉じたのである。