立川志の彦さん、柳亭市童さん ごひいき願います!
デジタル時代だが、落語がブームです。講談・神田伯山や浪曲・玉川奈々福の活躍もあり演芸も元気がいい。チケット入手が困難な人気者も相当数います。この勢いに続けと、若手でも有望な芸人さんが多く登場してきました。彼らに注目しているひとり、落語・演芸を長く追い続ける演芸写真家・橘蓮二が、毎回オススメの「期待の新星たち」を撮り下ろし写真とともにご紹介いたします。 【全ての画像】立川志の彦、柳亭市童の写真ほか(全9枚)
「心地よくほどける」──立川志の彦
実直な人柄が滲み出た落語には優しい笑顔がよく似合う。入門当時から現在に至るまで懸命に高座に励む姿と周囲への細やかな心配り、そして決して他者を謗らない真っ直ぐな心根は表現者としての度量の大きさを感じる。入門前はライフガードの経歴を持つ変わり種。一般的には緊急時に救助する仕事と思いがちだが、実際は危険が及ぶ可能性は予め排除し何も起きないよう未然に防ぐことが肝要だという。今思えばそれは前座修業に於いて常に先回りして対応するのに似ている。その後、大学卒業を控え将来の目標を模索している時に出会った立川志の輔師匠の高座が運命を変える。元々お笑い好きではあったが落語というジャンルを超越するほど隅々まで行き渡った面白さに度肝を抜かれた。「落語家というより、この人の弟子になりたい」と即座に弟子入りを決意、本気度を示すためにわざわざ名古屋で開催されていた志の輔師匠の落語会を目指し何とヒッチハイクで向かった。 それにしても世の中には親切な人はいたもので次々と4台の車を乗り継ぎ無事目的地に辿り着いた。しかも同乗したとある家族連れのお父さんからは励ましの言葉と共にお小遣いをいただくという人情噺のような経験もした。後年、志の輔師匠はこの出来事を引き合いに出し「お客さまに喜んでもらいお金を頂戴するのが芸人の技量、志の彦は既に素質がある」と評価していた。2007年に五番弟子として入門、2014年二ツ目に昇進した。現在は真打ち昇進に向けて自身の落語を今一度見つめ直し謙虚に足元を見つめレベルアップをはかっている。それまでの独演会中心の活動のみに留まらず2年前の夏からは他協会の人気若手真打ちをゲストに迎え胸を借りつつ研鑽する会を積極的に開催している。そこで感じた自分に不足している弱点と逆に勝負できている強みを確りと把握し稽古を積み重ねながら日々の高座に反映させている。 落語は演者の心ばえが不思議なくらい見えてしまうもの。今後、落語表現の密度を高めてゆくためにも身近にいる最も大切な家族、師匠、先輩や後輩、仲間、に先ずは笑ってもらうことが起点であり最も重要だと言い切る志の彦さんの高座にはじんわりと心の奥に浸透する温かな情感が宿っている。初々しかった精一杯の初高座『つる』も二ツ目昇進披露落語会の高座中、激しく着崩れた中で必死に演じ切った『宿屋の仇討ち』も袖から撮影していた。出会った頃から何ひとつ変わらない直向きで明朗さを失わない落語はいつ聴いても心地いい。志の彦さんの高座を前にすると気持ちがゆるりとほどけてゆく。