中国人、ロシア人と信頼関係を築くには?伊藤忠幹部が20代で学んだこと
「酒は人を酔わさず、人が人を酔わす」
黒竜江省にある大慶油田近くの石油化学工場に行った時のことだった。 ハルビンから列車で2時間半、大慶に着いたら、零下20度の寒さだった。冷気で吐く息は真っ白になった。化学品の担当だった石井の仕事は石油化学工場から化学品の原料を調達すること。 その時は石井ひとりではなく、中国通で知られた先輩社員が一緒だった。着いた日に歓迎会が開かれた。中華料理が山ほど運ばれてきて、すぐに乾杯。飲むのは白酒(茅台酒、汾酒)。アルコール度数は50度以上だ。それをストレートで飲む。飲むというか、一気にあおる。 宴席は一日ではなかった。昼間は交渉だが、夜は必ず一緒に飲む。中華料理の数々と白酒の乾杯が続いた。 石井は思い出す。 「昼の交渉で国際価格をもとに説明しても、先方は聞く耳を持たないんです。当時はインターネットはありません。携帯電話もない。本社に問い合わせるなんて手間暇のかかることはできない。その場で決めなければならないんです。そうこうしているうちに出国日の前日になりました。どうしても今日こそは、価格を決めなければならない。 夜の宴席で相手から言われました。 『石井さん、あなたが一杯飲むたびに価格を1ドル下げてもいいですよ』 よーし、と思って飲みました。1杯、2杯と飲んで11杯目までは覚えています。その後、つぶれました。つぶれてもまだ飲んではいたようですが。 翌朝、もちろん二日酔いです。交渉のテーブルに着いたら、一枚、メモが置いてありました。「280-38=$242」と書いてあった。相手は平然として僕に言いました。 『石井さんは昨日、38杯飲んだから』。 ただ、あんなにたくさんの酒を飲んだのはたった一度だけです。 先方は僕を信用してくれました。その後の態度がガラッと変わりました。 『石井さん、あなたは酒席の約束を守る男だ。信用します。これからはいくらでもいい。あなたが最適だと思う価格で売ります』 『ただし』と言われました。 『石井さん、私に恥をかかせないでください』。 その後、僕はどちらにとってもいいと思える価格を提示し、それで成約しました。売り手よし、買い手よし、世間よしの価格です。これは酒の飲み方を伝えたかったわけではありません。相手がどこの国の人間であれ、約束をしたら必ず守る、そして約束をした相手を信用するという話です」 石井の話を聞いて、中国の言葉を思い出した。 「酒は人を酔わさず。人が人を酔わす」 酒が人を酔わせるのではない。人は人に酔う。中国人は酒に酔って石井を信用したのではない。石井という真一文字に突っ込んでくる男に酔ったのだろう。
「商売は人間同士がやるもの」
現副社長の小林文彦は1980年に入社し、最初に配属されたのは木材部門だった。2年目のこと、小林はたったひとりでロシア(当時はソ連)、シベリアへ出張を命ぜられる。 役目はアカマツ、カラマツ、エゾマツといった北洋材の丸太を輸入してくること。彼は木材輸入船に乗り込み、北へ向かった。航海は5日間続いた。北海道を過ぎ、間宮海峡を抜け、アムール川河口の港町、ニコラエフスクに着いた。
野地秩嘉