「つながる人、思い、物語」『いつかの朔日』 村木 嵐インタビュー
家康は仕方なく出馬した人
――この人はこういう人だ、という掘り下げがさまざまな場面に生きているんですね。そのなかでも、今回友達になりたいと思った、もっと知りたいと思ったのが鳥居元忠だったわけですが、村木さんのなかで、忠吉、元忠、家康はそれぞれどういう人物だと思われますか? 村木 忠吉は、何があろうとブレずに家康が大事っていう人。 元忠は、そういうお父さんのいじらしさみたいなものにほだされたというか。きょうだいもいっぱいいるわけですから、自分ひとりくらいはお父さんに付き合ってやるかと。それで家康に惹かれ、最終的にあそこまで行ってしまった。鳥居元忠と伏見城、というだけでもう、うるうるしちゃいますから(笑)。伏見城籠城の新解釈を描く小説もあると思います。でも私はそちらではなくて、鳥居元忠はどうしてあれだけ頑張れたのか、というところを書きたいんです。 家康は、やらなくちゃいけないっていうのはわかっているけど、どんどんみんなに期待を背負わされて、もう大概にしてくれってずっと思いながらきた人じゃないかな。お家再興ぐらいは思っていたかもしれないですけど、天下取ろうとまではきっと考えていなかったと思うんですよね。だけど、あんまりみんなにそう言われるから、やむを得ずというか、追い詰められていったというか、仕方なく出馬したみたいな人物像ですね。 私、家康ももともとすごく好きなんですよ。だけど家康が何をしたかということよりも、そんな家康がどうしてできたのかっていうところのほうに興味があるんです。家康の小さい頃を直接掘り下げるよりも、周りを掘り下げるほうが楽しいというか……。 ――なるほど。第一話の清康暗殺、いわゆる「守山 ( もりやま崩れ」ってすごく謎が多い事件なので、その謎を解き明かす歴史ミステリにもできるわけですが、そうはしなかった理由がわかりました。あくまでも犯人の父親である阿部大蔵の物語なんですね。他にもいろんな人物が出てきますが、『いつかの朔日』のなかで、さっきの言い方をするなら「この人はこういう人なんだ」とすとんと腑に落ちた人物はいますか? 村木 第二話の於大 ( おだい(家康の生母)ですかね。於大が離縁させられるとき大暴れしたというのは創作ですが、本当にそういうことがあったんじゃないかな。襖 ( ふすまに飛び蹴りしたり、壺をガシャーンって割ったりとか。ちょっと私もやってみたいと思うようなことを代わりにやってくれて。それぐらいパワフルな人だったに違いないと思ってて、もう自分のなかで於大はそういう人だってことになってしまっているので、どこまでが作り話なのかもわからなくなってるんですが(笑)。 ――そうやって人物像から掘り下げていくということになると、複数の作品に同じ人物を登場させるときも、造形に齟齬 ( そごはないということですか? よくドラマなんかでは、家康が主人公だと秀吉が悪役だったり、その逆だったりということがありますが。 村木 そうですね。さっき言った『まいまいつぶろ』の乗邑くらいでしょうか。他の人に関しては、それこそ司馬先生が言っていたことが染み込んじゃってるところもありますし、いまさら違う人物像にはできないというか……。『またうど』にしても、私は家重とか忠光 ( ただみつが大好きで、いい人として『まいまいつぶろ』を書いちゃったので、もうそこから身動きできないっていうところもあります。 それと同じで、鳥居元忠の伏見城籠城は人生のハイライトというか、彼の人生を代表する部分なので、そこと矛盾するような造形にはできないですよね。他の作品に元忠を出すにしても、伏見城籠城をやった人物だというのは動かせないわけですから、ブレることはないと思います。 たとえば、元忠の奥さんとの話っていうことになれば、全然違うところを書いたりはできるでしょうけど。 ――ひとつの作品を書いている最中に、いろんなものに興味を持ってしまうというお話が出ましたが、この先、書いてみたいことや、書いてみたい人はいますか? 村木 今、書いているのが大田南畝 ( おおたなんぼ ) 。それと、今度書こうと思っているのが、松東院 ( しょうとういん ) っていう大村純忠 ( おおむらすみただ ) (戦国時代のキリシタン大名)の娘です。あと、田沼意次の次の代の人たちがどうやって相良城 ( さがらじょうに戻ってくるかっていう話も書きたいなと思っています。それと、そうだ、杉田玄白 ( すぎたげんぱくとか。 ――あの話を書いているときに拾ったんだなっていうのがわかる人物もいますね(笑)。 村木 そうなんです。本当に、拾ってしまって。なんか、そっちのほうに、ぐーって行きたくなるような出会いがあるんですよね。その人と友達になりたいって感じで追っかけてしまう。この癖はどうにかしなければ(笑)。 「小説すばる」2025年1月号転載
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