プロレスファン以外こそ観るべき 『アイアンクロー』は価値観の呪縛を解き放つ
強さからの解放 弱さの肯定
プロレスラーの悲哀を描いた映画に『レスラー』(2008)がある。かつてスターだった中年レスラーが、試合後に心臓発作で倒れ、医師から引退を宣告され、自身の人生を見つめ直す物語だ。長らくハリウッドを離れていた主演のミッキー・ロークと主人公の状況が重なり話題を呼び、ヴェネツィア映画祭金獅子賞、ゴールデングローブ主演男優賞受賞した。 レスラー、ボクサー、格闘家をテーマにしたスポーツ映画の名作は多々ある。その多くは主人公が再起する話。しかし、本作『アイアンクロー』は解放の物語だ。不幸に見舞われていたエリック一家にかけられていた呪いがなんだったのかは、物語終盤に明らかとなる。四兄弟は、アイアンクローのように、父から植え付けられた価値観が、頭に食い込み締め付けられていたのだ。 こういった呪縛は、なにも彼らアスリートだけにかけられているものではない。「~しなきゃならない」といった過度な義務感に苦しみ囚われている人は少なくないだろう。多様性だなんだと言っても、周囲を無視して我が道を行く強さを持つ人がどれくらいいるだろうか。 本作は筋肉隆々の兄弟の話だが、最後は弱さを肯定してくれる。スポーツ映画では、肉体の衰えを感じた主人公を客観的で応援するような見方をしがちだが、本作では、家族の関係性での苦悩といった精神面にスポットを当てているので、一般の我々にも共感がしやすい。 事実に基づく作品のストーリーは、ファンならあらすじがわかってしまう。しかし、どこで終わらせて、どうアレンジするかは作品次第。本作ラストシーンの魅せ方は、ただのプロレス伝記もので終わらせないドラマがある。 肩肘張って生きてお疲れ気味の人は映画館に足を運んで観てほしい。
文/小倉靖史