「変装」するウイルス…新型コロナウイルスの感染予防がいまだに難しいわけ
新型コロナウイルスの感染予防が難しい理由として、まず、ウイルスが多彩かつ強力な「免疫回避のためのすべ」を持っていることがあるが(参照:「新型コロナウイルスは永遠に人類を悩ます? …あまりに多彩かつ強力な「免疫を抑えるしくみ」)、もうひとつ大きな理由がある。それはウイルスの「変異」だ。 【画像】ウイルス表面にあるスパイクタンパク質が変異する 「変異」はどのようなしくみで起きているのだろう。 【※本記事は、宮坂昌之・定岡知彦『ウイルスはそこにいる』から抜粋・編集したものです。】
「変装」するウイルス
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染予防が難しいもうひとつの理由に、ウイルスの速い変異がある。 ウイルスに次から次へと変異が起きると、ウイルスの「顔」が大きく変わるので、いわばウイルスが「変装」したことになる。すると、からだの免疫機構が変異ウイルスを認識できにくくなり、そのために排除が遅れたり、排除できなくなったりするのだ。 一方、この現象をウイルスの側からみると、変異によってからだの免疫から逃れる(=回避する)力が強くなることになる。 mRNAワクチンが新たに開発された当初は非常に高い感染予防効果がみられていた。しかし、変異株が生まれ、その亜株が次から次へと現れるようになってからは、ワクチンの感染予防効果が大きく下がってきている。これは、ウイルス粒子表面にある「免疫の目印」(自分が異物であることを示す目印)の数が変異によって減っていっているためである。 そのことをもう少し詳しく説明しよう。 まず、ウイルスの表面には異物性を示す目印(通常はタンパク質)がいくつもあり、からだの免疫はこれらを認識して反応する。 この目印には、大きく分けて、強いものと弱いものがある。強い目印は免疫がすぐに認識するので、抗体ができやすい。一方、弱い目印は一度の侵入では抗体はあまり作らないが、何度か同じウイルスがからだに侵入すると(あるいは何度かワクチン接種をすると)、次第に抗体ができるようになる。 SARS-CoV-2をはじめとするRNAウイルスは変異をしやすく、そのために時間とともにこれらの目印の数が減っていく傾向がある。たとえば、初期のオミクロン株のように変異が起きて強い目印の一部が消えると、抗体ができにくくなり、たとえ抗体がある程度できたとしても(目印が減っているために)排除されにくく、免疫を回避する力を持つようになる。 さらに、もっと時間が経つと、さらに変異が起きて多くの目印が消えていき、現在のオミクロン株のごとく、以前の変異株よりももっと抗体ができにくくなり、免疫回避性が強まる。 ただし、このような変異ウイルスが免疫系によってまったく認識されないかというとそうではなく、弱い目印が残っているので、何度か同じウイルスがからだに侵入すると(あるいは何度かワクチン接種をすると)、からだの免疫による認知度が高まり、抗体ができてくる。この状態がXBBとよばれるオミクロン株に相当する。 これらの株では、2回のワクチン接種でできた免疫が働きにくくなっているが、ワクチンの追加接種をすると、抗体ができてきて、一定期間は罹りにくくなる。 なお、ここでは話を簡単にするために、ウイルスの細胞内での増殖に対してB細胞が作り出す中和抗体だけを述べているが、実際はウイルスの侵入とともにT細胞も反応して、これらの「目印」を認識する。そしてT細胞が認識する「目印」は変異が入りにくいので、変異株であってもおおむね正常に認識することができる。 ただしウイルスが侵入後、T細胞が働き出すまでには少し時間がかかるので、変異株が入ってくると、抗体が働きにくい状況ではいったんは感染が起きてしまう。しかし、やがてT細胞が働き出すと、変異株による感染であってもその進行を止め、重症化を防いでくれる。したがって、正常な免疫の力を持っている人であれば、変異株ではたとえ感染しても重症化することは少なく、また追加接種を受けた人では重症化する確率はさらに低い。 ただし、SARS-CoV-2で問題なのは、いったん中和抗体ができても、それがあまり持続しないことである。特に、オミクロン株のような免疫回避性の高い変異株に対しては、繰り返しワクチン接種をしたり、ワクチン接種後に感染したり、あるいは感染後にワクチン接種をしたりすると、いったんは抗体ができるのだが、抗体価が数ヵ月で下がってきてしまう。 麻しん(はしか)やおたふくかぜのようなウイルスは、いったん罹るとその免疫が20年以上持続する。 これに対して、SARS-CoV-2やインフルエンザウイルスでは感染後にできる免疫の持続期間が数ヵ月と短いのである。この理由は実はよくわかっていないが、原因の多くは病原体側にあるようだ。この問題については、改めて詳しく説明する。 * 私たちのからだは一見きれいに見えても実はウイルスまみれだった! 宮坂昌之・定岡知彦『ウイルスはそこにいる』(4月18日発売)は、免疫学者とウイルス学者がタッグを組み、生命科学最大のフロンティアを一望します!
宮坂 昌之/定岡 知彦