習近平・国家主席までもが敬意を払う「中国にとっての日本の天皇」という特別な存在
1960年代にかけての「中ソ対立」を経て独自の社会主義の道を歩んだ毛沢東の中国。現在もロシアや欧米諸国に対して覇権主義的性格を強めているが、一方、日本の天皇に対しては、現在の習近平・国家主席に至るまで、「特別な眼差し」をもっているという。それはなぜか──。中国の歴史や文化、社会に精通する社会学者の橋爪大三郎氏と、元朝日新聞北京特派員のジャーナリストでキヤノングローバル戦略研究所上席研究員の峯村健司氏が、「中国人にとっての毛沢東」と「日本人にとっての天皇」について語り合う(共著『あぶない中国共産党』より一部抜粋、再構成)。【第8回。文中一部敬称略】
橋爪:毛沢東が、マルクス主義をナショナリズムにつくり変えたマジックは、ほかのところでも指摘できます。 毛沢東は、いろいろな論文を残しています。「矛盾論」や「実践論」が有名ですが、要するに、中国の実情に即した社会主義革命の戦略・戦術論です。まあ、誰かの代作だろうと思います。 毛沢東の1926年から1957年までの著作を、中国共産党が『毛沢東選集』全四巻にまとめて出版しました。死後に出た第五巻は、発禁となって回収されました。要は、『マルクス・エンゲルス全集』や『レーニン選集』、『スターリン全集』を読まなくても、『毛沢東選集』を読めば立派な共産党員だということ。共産主義が、中国で「土着化」したのです。 それはどういうことか。そこには、毛沢東が理解した共産主義が書いてある。ならば、『毛沢東選集』を解釈する権利は、毛沢東にあるのです。そうなれば、党内の誰も毛沢東に反対できません。『毛沢東選集』が出た段階で、中国では、マルクスやレーニン、スターリンの権威はなくなったのです。 こういう下地があって、1960年代の「中ソ論争」が可能になった。中国がソ連共産党に向かって、あなたのところの共産主義は間違っている、修正主義だ、と言う。本来ならありえないことです。修正だと言うなら、マルクスやエンゲルスの原典に当たって、どこがどう修正されたのか言うべきだが、そんなことをした形跡はまったくない。毛沢東の家来の鄧小平が出て行って、ケンカ別れに終わる。ケンカができるのなら、分離独立できたことになり、政治目標は達成できる。こうしてソ連の「子分」を卒業した。中国共産党がほんとうの意味で、成立したと言えるのです。 峯村:ただ、その後も中国に対するソ連優位な状況は続いていました。こうした両国の関係が決定的に変わったのが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻です。 プーチンはこれまで、習近平と40回以上会談しています。その様子をつぶさに分析すると、二人の力関係が変化していることがわかります。当初はプーチンが上から目線で語っており、しばしば到着が遅れて習近平を待たせていた。ところが最近では習近平が会談を主導しており、プーチンを待たせる場面も増えています。 私が両国関係を測るメルクマール(指標)にしているのが、ロシアから中国向けのガス価格です。もともと中国向けの価格は、欧州向けと比べて割高に設定されていました。いわば習近平とプーチンの「友情価格」といえる優遇政策でした。ところが、ウクライナ侵攻後、対露制裁によって欧州向けのガスが激減すると、中国がその穴埋めをするように買い増した。ただ、価格は低下しており、いわば買い叩いている状況になっています。まさにウクライナ侵攻による経済悪化によって、ロシアの対中依存が高まった結果、中国のジュニアパートナー化が進んでいるのです。
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