移民排斥、同調圧力、無力感…人口減少で予想される大衆心理どう向き合うか
3 人口減少と社会心理
このように人口減少社会の大まかな構図は若年層に恩恵、中高年層にしわ寄せがいくという形になりそうです。若年層では就職の前後で恩恵からしわ寄せに一気に落ち込む断層が存在すると考えられます。個別にはさらにいろんなケースがあるかと思われますが、さしあたり上の構図をもとに人口減少が人々の心理に与える影響を考察してみましょう。 まず、若年層は現状に肯定的、中高年層は否定的になることが考えられます。政治的には若年層は与党支持、中高年層は野党支持の傾向が見られやすくなるでしょう。昨年の総選挙でも若年層は自民支持が厚く、野党第一党になった立憲民主党は中高年で支持が厚くなっていました。このパターンは今後も持続する可能性があります。 若い人たちが色々な製品やサービスが豊富に提供される現状に満足している様子は、『絶望の国の幸福な若者たち』(古市 2011)にも描かれていますが、自分たちが中高年になる将来については不安を感じざるを得ないでしょう。それ以前に、就職に対する不安がすでに大きいことは、学生たちと話していて「とにかくブラック企業には入りたくない」という声が聞かれることからも察せられます。現状への満足と将来への不安。これらはどんな心理をもたらすのでしょうか。 昨年、別の連載(『大衆心理からみる現代社会』)で、強い不安は権威主義や他人指向といった心理をもたらしやすいことを紹介しました。権威主義はフロムやアドルノがファシズムを研究するなかで見出した心理傾向で、強者に服従しつつ弱者を攻撃することで不安を紛らわせる心理です。タテの人間関係に依存して安心を得る心理と呼んでもいいでしょう。 他人指向はリースマンの提唱した概念で、低成長期に周りに合わせることで安心を得ようとする心理傾向です。ヨコの人間関係に依存して安心を得る心理と言ってもいいでしょう。 具体的には、何かをする前に他人がどう思うか気にしたり、周りと違うと自分が間違っていると感じたりする心理で、周りに合わせない人に対して「空気読め」といった形で圧力をかけるといった行動をとることもあります。他人指向はすでに今の若年層に広く見られる心理傾向ですが、人口減少が本格化するとより顕著になり、さらに窮屈な世の中になる可能性が考えられます。 リースマンは人口増加期には内部指向という、努力して目標に向けて頑張ることを重視する心理傾向が広く見られることも指摘しています。人口増加期には供給不足と需要過多が起きやすく、特に若い世代は厳しい競争にさらされます。しかし「努力と根性」で受験競争や就職戦線を乗り切って供給側に回ると、今度は人口増加の恩恵を受けて比較的順調に昇進や収入アップを期待することができました。いわば「努力が報われる」時代で努力志向の広まりやすい社会状況だったと言えるでしょう。 人口減少社会では、若い時期の競争は緩やかで大きな努力はそれほど必要とされません。就職すると一転厳しい競争が始まり、努力が要求されますが、需要縮小の時代では努力の割に報われることは少なく「働けど働けど……」という不満や無力感を感じることも多くなりがちです。こういう社会状況では努力志向は根付きにくいでしょう。 その代わりに努力とは別の方法で無力感を紛らわせる人が現れるかもしれません。不満や無力感は権威主義に結びつきやすいのですが、人口減少に対して移民を増やすという対策が取られた場合には、権威主義が移民排斥運動に転化し、それが不満や無力感のはけ口になるような展開も考えられます。 人口減少社会における大衆心理については、現状では予想するしかない部分が多いです。現実はここで考えたものと違ってくるかもしれません。それでも、人口減少社会のネガティブな側面として予想できる事柄について対策を考えておくことは有意義でしょう。 たとえば人口増加期にできた年功型賃金制度は人口減少期には若い人に過剰なストレスをかける可能性が高そうです。若年者の賃金や待遇はもっと手厚くすることが望ましいと思われます。需要の縮小に供給側が機敏に対応することを助ける制度を考えることも有用でしょう。不満や無力感を関係のない人にぶつけることは、私たちの心がけ次第で減らせるかもしれません。人口減少に伴う軋轢を減らして生じる余裕を楽しむ。そんな工夫が今後必要になるでしょう。 【参考文献】 アドルノ. 1950. (田中義久、矢沢修次郎、小林修一訳. 1980)『権威主義的パーソナリティ』. 青木書店. デービッド・リースマン.1950. (加藤秀俊訳. 1964.)『孤独な群衆』. みすず書房. エーリッヒ・フロム. 1941.(日高六郎訳. 1952)『自由からの逃走』. 東京創元社. 橋本健二. 2018. 『新・日本の階級社会』. 講談社現代新書. 古市憲寿. 2011. 『絶望の国の幸福な若者たち』. 講談社. 山田昌弘. 1999. 『パラサイト・シングルの時代』. ちくま新書. ---------- 大浦宏邦(数理社会学)帝京大学文学部教授 1997年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程卒業、1997年帝京大学文学部社会学科専任講師 主な著書・論文:『社会科学者のための進化ゲーム理論』(2008年勁草書房)、『自分勝手はやめられるか』(2007年化学同人)、「秩序問題への進化ゲーム理論的アプローチ」(2003年理論と方法)