極右政党躍進の背景に、「西側による差別」への旧東ドイツ人の根深い怒り
メルケル前首相も差別されていた
オシュマン氏によると、西側が主導権を握るドイツでは東を見下す考えが一般化しているので、責任が重い地位にある旧東ドイツ人は、自分が旧東ドイツ出身であることを隠す。彼は、「アンゲラ・メルケル前首相ですら、現役時代には、自分が社会主義時代の東ドイツで育ち、働いたことについて沈黙した。そのことを強調したのは、首相を辞任する直前の演説だった」と指摘している。 確かに現役時代のメルケル氏は、自分が東で育ったことを強調しなかった。それが政治的に不利益をもたらすことを知っていたからだ。彼女はヘルムート・コール氏に閣僚として抜擢された時、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のベテラン政治家たちから「Zonenwachtel(東ドイツから来たウズラ)」と揶揄された。ゾーンを意味するZoneという言葉からして、東西冷戦時代の、東ドイツに対する西側の蔑称だった。東からの女性にも配慮していることを示すために、コール氏から数合わせのために抜擢されたメルケル氏は、西側の政治家たちに最初から見下されていた。 オシュマン氏が「メルケル氏の辞任直前の演説」として言及しているのは、メルケル氏が2021年10月3日の統一記念日に行なった、首相としての最後の演説である。メルケル氏によると、CDUの研究機関コンラート・アデナウアー財団は、2020年に出版した本の中で、「社会主義時代のバラスト(重荷)を持って、35歳でCDUに入党したメルケル氏は、もちろん旧西ドイツでゼロから始めた職業政治家とは違っていた」と書いた。メルケル氏は演説の中で「ドイツで権威ある辞書ドゥーデンによると、バラストとは重量のバランスを取るために使われる、価値の低い物であり、必要がなくなれば捨てても良いものと定義されている。私が東ドイツで過ごした35年間は、捨てても良い無価値なものだったというのか?」と述べ、旧西ドイツ人たちの見方に反発した。 さらにメルケル氏は、「2015年の難民危機の際に、一部の人々は、私を『ドイツ連邦共和国に生まれたのではなく、ドイツ市民になることを後から学んだ人物』と呼んだ。ドイツには、生まれながらのドイツ人と、後から学んだドイツ人の2種類のドイツ市民がいるというのだろうか? 後から学んだドイツ人は、毎日試験に落第する危険にさらされているのだろうか?」と述べ、旧東ドイツ人差別を批判した。メルケル氏が16年の首相としてのキャリアの中で、旧東ドイツ人に対する差別を糾弾したのは、この時が初めてである。 ちなみにメルケル氏は、現在CDUとほぼ絶縁状態にある。現党首のフリードリヒ・メルツ氏から会合などに招かれても、一切出席しない。旧東ドイツ人・メルケル氏は現在のCDUの舵を取っている保守本流からは、脱原子力やシリア難民の受け入れなどをめぐり国の政策を誤った「異端」と見なされている。