「進路決まらず申し訳ない」と話す子が増える深刻 やりたいことを早く見つける必要はあるのか?
人間の強みは環境次第では弱みにもなりえるし、「自分はこういう価値観を大切にしている」というのも、状況次第で簡単に揺らいでしまいます。 とはいえ、高校生の中には自分の能力や価値観は揺るがないと思い込んでしまう子が多いです。例えば、学校で「真面目だね」と言われた生徒は、真面目になろうとして、不真面目な自分の一面を強く否定しようとします。 でも、それはどちらも自分であるという事実を受け入れたほうが、生きやすくなるはずです。だからこそ、自分の中に生じた悩みや揺らぎを無理やり解消したり、「本当の自分」を探し求めたりするよりも、いろんな側面を持つ、複数の自分がいる状態を受け入れるほうが望ましいのではないでしょうか?
学校や社会が要請するような「確固たるアイデンティティの形成」に、抵抗してもいいのではないか。私はそう思うのです。 そしてそうした「自分の中の複数の価値観」を知るためのツールとして有効だと私が考えているのが、思考実験です。 有名な「トロッコ問題」の思考実験を考えてみましょう。「制御の利かないトロッコが、今、5人の作業員を轢こうとしている。あなたは、進行方向のレバーを引くことができるが、もしあなたがレバーを引けば、今度は切り替えた先にいる別の作業員1人が犠牲になってしまう。さて、あなたはレバーを引くべきだろうか? それとも引かないべきか?」というものですね。
■シチュエーションによって答えは変わる こうした思考実験に、答えはありません。人によって答えが変わり、シチュエーションが変わると全然違う答えも出てきます。 例えば「5人の作業員と1人の作業員」だったら「5人を救うべきだ」と考える人がいたとしましょう。同じ人に「5人の老人と、1人の子供」だったら、どちらを選ぶのかを聞いた場合、その人はどんな答えを出すのでしょうか。先ほど「5人を救う」選択をしていた人が、「1人を救う」選択をするかもしれませんよね。
このトロッコ問題を考えると、自分の価値観が必ずしも一貫していないことに気づきます。そしてそうした気づきを得ることができた生徒は、「本当の自分」を探すのではなく、「複数の自分」をどう受け入れるかを考えるようになっていくのです。
前田 圭介 :かえつ有明高等学校・社会科教員