「“有害なコンテンツ”が犯罪を引き起こすわけではない」『映画検閲』監督が語る、80年代ホラーへの憧憬
第37回サンダンス映画祭でワールドプレミア上映されるや、バラエティ誌が「サンダンスのベスト作品」に挙げるなど批評家たちから称賛され、各国の映画祭で話題となったサイコスリラー『映画検閲』が公開中だ。 【写真を見る】閲覧注意…真っ青な顔に、真っ赤な鮮血が!めくるめく、残酷な色彩美学 メガホンをとったのは本作で長編デビューを果たし、バラエティ誌で「いま見るべき10人の監督」にも選ばれたプラノ・ベイリー=ボンド監督。デビュー作とは思えない独創的なストーリーテリングで84分を観せきり、ダリオ・アルジェント、サム・ライミ、ルチオ・フルチらVHS全盛だった80年代のホラー映画へのリスペクトにあふれた恐怖譚を紡ぎだした。PRESS HORRORではボンド監督にインタビューし、迷宮的な作品世界に込めた狙いについて尋ねた。 ■「“有害なコンテンツ”によって、反社会的な行為に及ぶなんてことはないと考えています」 1980年代、サッチャー政権下のイギリス。暴力シーンや性描写を売りにした過激な映画“ビデオ・ナスティ”の事前検閲を行うイーニッドは、その容赦ない冷徹な審査で周囲に恐れられていた。ある日、イーニッドがいつも通り作品をチェックしていると、とあるホラー映画の出演者が、幼い頃に不可解な失踪を遂げた妹のニーナに似ていることに気付く。背後にある真実を解き明かそうとするうちに、イーニッドは次第に虚構と現実の狭間へと引きずり込まれていく。 ――80年代の混沌としたカルチャーが美しく感じる映像でした。80年代への憧れはありますか? 「私は80年代育ちなので、それはあると思います。幸運なことに両親が沢山の映画を観せてくれたんです。『イレイザーヘッド』にモンティ・パイソンものや、マルクス兄弟の映画までね。でも、一番衝撃だったのは10代後半に観た『死霊のはらわた』でした。あまりも印象深くて頭から消せなくなってしまっていて、その影響は受けています。けれど、“80年代の映画”が撮りたいという訳ではなく、80年代のホラー映画を取り巻く状況が興味深いと考えて、本作に取り組みました」 ――『映画検閲』のテーマの一つとして、“有害なコンテンツを観て、検閲を行う人間は有害なコンテンツの影響をうけるのか?”ということがあると思います。残酷描写の検閲について率直な意見は? 「『映画検閲』を制作するにあたって、様々な調査をしました。どの側面からみても興味深かったですね。なかでも、検閲官同士がお互いの苦手な描写を知っていた点に惹かれました。例えば、眼球になにかをされる描写が苦手な検閲官にとっては、その大小にかかわらず“目”が出てきた時点でトゥーマッチなんです。つまりは人によって感じ方が違うことを認識したうえで、検閲をしていたということです。では“有害なコンテンツ”によって、なにかしら反社会的な行為に及ぶことがあるか?というと、私はないと考えています」 ――殺人事件がなんらかのビデオや映画の模倣だと報道されることもありますが…。 「もし模倣をすることがあるとしれば、もともと“その人”自体に問題があると考えます。80年代については『映画検閲』でも描いたとおり、サッチャー政権の財政緊縮政策で失業者や社会保障、医療が手薄になって犯罪率が増加していたんですね。ホラー映画は、苦しむ国民のスケープゴートにされてしまったのではないでしょうか?」 ――ひとまず目立ったモノやコトのせいにしまうのは、どの国も昔から変わっていませんね。 「悪さをしたキッズたちがよく、ゲームやヒップホップ、マリリン・マンソンのような音楽の影響をうけていると聞きますが、生活そのものに火種を作っているのはどこの誰なのか、という話です」 ■「ルチオ・フルチ監督ら、イタリアンホラーの色彩感覚を参考にしました」 ――主人公のイーニッドは自分を律するため、自分を自分で検閲しているような印象を受けますね。 「自分の短所や都合の悪いこと、見たくないこと…それを全部隠してしまおう、なかったことにしてしまおう…そうやってイーニッドが自分を検閲している設定は当初からありました。ただ、その自己検閲行為がどこまで影響を及ぼすかについてはイーニッドが直接語るわけではないので、そこをどう見せるかが難しかったですね」 ――イーニッドの記憶や環境を断片にしたパズルを組み立てていくような感覚がありますね。 「行方不明の妹、ニーナとの関係は悩んだところです。大人の女優としてニーナを登場させる案もあったのですが、過去の出来事に変えたんです。というのも、イーニッドは子ども時代に妹を失ったことで、皆を守りたい、安全な場所にいてほしい。だからすべてをコントロールしたがっている…そのほうが自然だと感じました。またニーナを“曖昧な喪失”にして、イーニッドが“妹は死んだもの”として受け入れようとしても新たな発見により、また妹捜しが始まる…というループのような感覚も持たせています」 ――過去の出来事とすることで、物語の掘り下げができるようになりますね。 「記憶と映画、そして映像をイーニッドの主観と紐付けて、いわゆる“信頼できない語り手”として、いかに人が事実を曲げてフィクションを作り上げてしまうのか?を描くことができましたね。次第に、彼女の服装が紐解くようにルーズになっていくのに気が付きましたか?服装も彼女の心情表現の一つとして取り入れています」 ――お話を伺うとローズ・グラス監督の『セイント・モード/狂信』(19)に通じるものを感じます。 「ローズとは友達ですよ!ローズとお互いの作品について語ったことはないんですが、イーニッドと『セイント・モード/狂信』の主人公モードは似ているところがありますね。2人とも良いことをしたいと思っているのだけど、実際はそうでもない(笑)。とはいえ、私もローズもそれぞれ自分の作品に集中して制作しているから、共通点があるか?といわれると、意図的ではないです。それでもイーニッドとモードに共通点があるのは否めないところです。だって、2人がお茶をしているファンアートがインスタにアップされているくらいですから(笑)」 ――時折使われるVHSの粗い画質が、ストーリー構築に一役買っていると思います。私はVHS画質にたまらない魅力を感じるのですが、監督はいかがですか? 「私もたまらない魅力に囚われていますよ!本作の制作中はVHSの魅力にどっぷり浸れました。以前、英国では違法コピーでしか観られない作品が多々ありましたから、とにかく画質が悪いんです。コピーのコピーのコピーで。そのうえ、一番おもしろいバイオレントなシーンは何度も再生されているから、さらに画質が悪い(笑)。それがまた良いんですよね。フィジカルな魅力っていうのかなぁ」 ――『映画検閲』のライティングには、マリオ・バーヴァやダリオ・アルジェントといったイタリアンホラーの巨匠たちと近いニュアンスを感じます。イタリアンホラー愛はありますか? 「イタリアンホラーの色彩感覚は大好きです。サッチャー政権は、イギリスの歴史において荒涼とした色合いだったと思うんですよね。その点、当時有害とされた映画たちはカラフルで魅力的なんです。『映画検閲』ではシーンによって入念にスタッフと打ち合わせしてライティングを決めました。特に参考にしたのは『ビヨンド』や『墓地裏の家』といったルチオ・フルチ監督の作品、そしてグッとコントラストの強いアルジェント監督の『サスペリア』ですね。打ち合わせでスタッフと一緒に作品を観るのも楽しかったし、それを現場で再現する試みも楽しかったですね。もはやホラー映画は言語ですよ!」 取材・文/氏家譲寿(ナマニク)