【本と名言365】安藤忠雄|「旅は一人に限る。」
これまでになかった手法で、新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。世界が尊敬する建築家、安藤忠雄は若き日に建築を求め、世界各地を旅してまわった。その旅をもって安藤が語った言葉とは。 【フォトギャラリーを見る】 旅は一人に限る。 建築家、安藤忠雄が世界を放浪する旅に出たのは1965年のことだ。前年の1964年に東京オリンピックが開催されるとともに、ようやく海外渡航自由化が実現されたばかりであった。1ドル360円、さらに海外へ持ち出せる金額も決まっていた時代。アルバイトで貯めた18万円を握りしめた24歳の安藤は7カ月にわたって旅を続ける。世界の建築を自らの目で見て回り、建築家になるという夢を掴む旅だ。 横浜港からナホトカへ渡り、シベリア鉄道でモスクワへ。まずはフィンランドでアルヴァ・アアルトの建築と出会い、フランスでル・コルビュジエに会うことを望むものの直前に亡くなったことを知り、ロンシャンの礼拝堂などを訪れた。さらにイタリアでミケランジェロを見て回り、ギリシアのパルテノン神殿へ。西洋建築のルーツから現代を牽引する最新の建築までを濃密にたどった。当時の旅について記した文章とスケッチを含む『旅―インド・トルコ・沖縄』で、「私は、こうして自らの肉体を通して、風土、都市、建築を学んできた。スケッチをしながら、手がそれらを憶えていく」と安藤は綴る。 安藤が独学で建築を学んだことはよく知られているが、その学びにこの旅も含まれるだろう。言葉の通じない異国の地で考える時間だけはたっぷりあったと、他でも語る。インターネットはおろか、海外の情報などほとんどなかった時代に建築への情熱だけを手がかりに旅を続けた。なにより偉大な建築家は多くの旅をしてきた。ル・コルビュジエもまた、ドナウ河にそってバルカン半島を下り、トルコ、ギリシア、南イタリアを巡った経験を『東方への旅』に記している。本書では一人で海外を旅することは負担も大きいとしながら、「旅は一人に限る」と書く。 旅はさらに続き、スペインからアフリカへ渡り、さらに終着点のインド・ボンベイ(現ムンバイ)へ向かった。ここでヨーロッパとは異なる文化と出合い、さらに視野を広げていく。安藤は以後も事務所を開設するまでの4年間は、旅の資金を貯めては世界を廻った。建築家、安藤忠雄の血となり肉となった旅。学びとは孤独なものであるからこそ、旅もまた一人がいい。なにより自身の内なるものを通じて建築と対話を続ける安藤の旅は、いまも続いているのだろう。
あんどう・ただお
1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年安藤忠雄建築研究所設立。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞して以降、1995年プリツカー賞、2005年国際建築家連合(UIA)ゴールドメダル、2013年フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)など受賞多数。1997年から東京大学教授、現在は名誉教授。
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