世界に広がる鳥インフルエンザ、ついに南極大陸でも初確認、各地で動物が大量死
鳥のいない空
英スコットランドのバスロック島は北海から突き出した岩山で、シロカツオドリの世界最大のコロニー(群れ)があることで知られる。 レイン氏らは毎年、バスロック島を訪れて海鳥の調査をしているが、2022年に異変に気づいた。いつもは鳥たちとその排泄物によって白く染まり、生命に満ちあふれていたこの島が、異様に静まり返っていたのだ。「鳥たちは私たちの足元で死んでいきました。飛んでいる鳥はいませんでした」とレイン氏。 2023年9月に学術誌「Ibis」に発表された論文では、H5N1亜型の鳥インフルエンザにより、ヨーロッパ各地でモニターされている41のコロニーのうち40カ所で異常に多くのシロカツオドリが死亡したとしている。バスロック島では、子育て中のシロカツオドリがいる巣が71%も減少していた。 GPS追跡により、これまでにないシロカツオドリの奇妙な行動も見つかり、2024年2月に学術誌「Scientific Reports」に発表された。ウイルスが猛威を振るう中、数羽のシロカツオドリが別のコロニーに向けて飛び立ったのだ。この鳥たちが鳥インフルエンザウイルスに感染していれば、ウイルスを新たな集団に運んでしまった可能性がある。いわば鳥の“スーパースプレッダー”だ。
溺れるアザラシ
それから1年後、地球の反対側にあたるアルゼンチンのバルデス半島の浜辺で、ミナミゾウアザラシが同じような状況に陥っていた。 大陸にあるミナミゾウアザラシのコロニーはここだけで、例年、メスと子どもたちのハーレムをめぐって、体長6メートルもある巨大なオスたちが浜辺で大乱闘を繰り広げている。しかし2023年の浜辺は、船が難破したかのような有様だった。 「沈黙と、多数の死骸が広がっていました」と米カリフォルニア大学デービス校の野生動物獣医師で、アルゼンチンのパタゴニアで約35年も活動しているマルセラ・ウアルト氏は言う。「幸せそうな動物たちがいるはずの浜辺に、年老いたものから幼いものまで、あらゆる年齢のアザラシの死骸が転がっていたのです」 まだ生きていたアザラシの多くが子どもだった。彼らは明らかに病気で、親がいる様子はなかった。 「潮が満ちてきて私たちが浜辺を去ろうとしたとき、数頭の子アザラシが水の中にいました。彼らは水から上がれずに溺れていました」とウアルト氏。「ゾウアザラシは溺れたりしないのに」 ウアルト氏らは研究室に持ち帰ったサンプルを調べたところ、バルデス半島のゾウアザラシの間でH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザが流行したことを確認し、このウイルスによって、2023年に生まれた子アザラシの約96%にあたる1万7400頭が死亡したと推定した。論文は2023年12月に学術誌「Marine Mammal Science」に発表された。人間の場合と同様、アザラシが鳥インフルエンザウイルスに感染すると、重症化して多臓器不全や神経障害を起こす可能性がある。 ウアルト氏によると、鳥インフルエンザは、ゾウアザラシの死骸を食べたアジサシの間でも広まったという。ある時期、あまりに多くのアジサシの死骸が落ちていたため、カモメがそれを巣材として使いはじめたほどだったという。 ウアルト氏らが2023年12月に発表した動物インフルエンザの専門知識ネットワーク「OFFLU」の報告書は、南米での鳥インフルエンザによる野生動物の死亡数について衝撃的な見積もりをしている。2022年10月から2023年11月までの1年あまりの間に、ペルーとチリを中心に、少なくとも82種、60万羽近くの鳥類と、少なくとも10種、5万頭以上の哺乳類が死亡したというのだ。 「南米や南極大陸でこのような事態になったのは初めてです」と氏は言う。