新たに8人の遺影追加 対馬丸記念館 22日で沈没から80年
沖縄テレビ
疎開船「対馬丸」がアメリカ潜水艦の攻撃を受け沈没してからあさってで80年となります。那覇市の対馬丸記念館には新たに8人の遺影が加わりました。 太平洋戦争末期の1944年8月22日、多くの子どもたちを乗せ長崎に向かっていた疎開船「対馬丸」が、アメリカ軍の潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没し、名前が分かっているだけでも1484人が犠牲になりました。 那覇市若狭の対馬丸記念館には遺族から提供のあった8人の遺影が掲示されました。 ▽叔母・佐敷安子さんの遺影を提供した佐敷達雄さん(65): 「遺骨が海の中なので、名前だけよりは写真があったほうがいいかなと。写真を見つけたときも、”沖縄に帰りたいよ”と言っていたような気がした。嬉しいって言ったらおかしいですけど、存在がここに証明できるというのであれば、よかったのかな」 ▽祖母・眞喜志トシさんの遺影を提供した照屋一男さん(60): 「もっと早くやっていればよかったかなと思って。この写真はずっと家のアルバムの中にあったもんだから。掲示することで供養になるかなと思って」 対馬丸記念館には新たに加えられた8人を含め414人の遺影が展示されていますが、犠牲者のおよそ4分の1にしかすぎず、記念館は写真提供の協力を呼びかけています。 対馬丸事件から80年となる22日には犠牲者を祀る「小桜の塔」で慰霊祭が執り行われます。
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