朝ドラ『らんまん』が心を摑んだ理由 名もなき草に光を当てた長田育恵の名脚本
植物図鑑にみんなの名を刻む
万太郎は理学博士となるが、寿恵子は病に倒れ、死期が迫る中、万太郎は野宮(亀田佳明)や藤丸、明教館時代からの友人である広瀬佑一郎(中村蒼)、十徳長屋の住人だった堀井丈之助(山脇辰哉)ら周囲の人間たちに助けを求め、みんなで植物図鑑の完成を目指す。そうして生涯の目標であった『槙野日本植物図鑑』は刊行される。その謝辞には世話になったすべての人々の名が網羅されていた。万太郎はかつて早川逸馬の前で演説した折に、「厳しい季節の間も根っこ同士繋がり合うて伸びる力を蓄える。元気いっぱい芽吹くために」と語ったが、その言葉を真に体現するのである。
「新種」に寿恵子の名をつける
植物学者という名にこだわってきた万太郎は植物学博士という地位と自らの名を冠した図鑑の刊行によってその名を残すことになるが、このドラマのハイライトはそこではない。このドラマの白眉は、その図鑑の最後に加えられた新種の名称「スエコザサ」だ。万太郎は新種に自分の名前ではなく妻・寿恵子の名をつけることで、縁の下の力持ちとして陰で支え続けた寿恵子に光を当てたのである。名前を付与することでその存在に光を当て、それによって植物学者としての自らの名を刻むという万太郎の欲望や執着は乗り越えられ、最終的に愛する者に光を当てることに結実する。 こうして『らんまん』は、夫婦の愛の物語として幕を下ろす。持てる者から名もなき者となり、いったんは東京帝国大学という権威を担うも一植物学者となることを選んだ万太郎は、最終的に望んだものを手に入れる。が、ここまで見てきたように、『らんまん』は単なる成功物語ではなかった。寿恵子は万太郎を「おひさま」に例えるが、万太郎が自らの名を刻むことへの執着を乗り越え、寿恵子はじめ周囲の人びとに光を当てる物語であったからこそ、私たちは感動したのではないだろうか。
岡室美奈子