朝ドラ『らんまん』が心を摑んだ理由 名もなき草に光を当てた長田育恵の名脚本
上京して名もなき雑草になる
かくして万太郎と竹雄(志尊淳)の東京生活が始まる。第8週「シロツメクサ」(第40話)で万太郎は田邊教授に東大植物学教室への出入りを許されるが、旧制小学校中退の自分が名もなき雑草であるという現実を突きつけられる。しかし寿恵子(浜辺美波)と出会い、名もなき植物の名づけ親になるだけではなく、「日本国中の草花を載せた植物図鑑を作る」という人生の目標を見つける。 一方で万太郎は峰屋の「若」として竹雄を従えている。そんな万太郎に、第10週「ノアザミ」(第48話)で大きな変化が起こる。竹雄は、植物学雑誌創刊に向けて大畑(奥田英二)の印刷屋で石版印刷を学ぶために汗まみれになって働く万太郎に、万太郎の夢を応援することや、峰屋の「若」ではなく「万太郎」と呼ぶことを告げる。初めて「労働」することで、万太郎と竹雄は主従ではなく対等な関係へと変容し、万太郎はヒエラルキーから離れて「万太郎」と呼ばれるのである。十徳長屋の面々との平等な関係も万太郎に変化を与えていく。 第12週「マルバマンネングサ」(第59話)で、寿恵子は万太郎に連れられて土佐の峰屋を訪れる。 体の弱ったタキは万太郎との結婚を賭けて寿恵子に百人一首の勝負を挑む。このシーンは、細田守監督のアニメ『サマーウォーズ』で死ぬ前夜に主人公の健二に夏希を託すために花札の勝負を挑んだ栄おばあちゃんを想起させる。栄もタキもひとかどの人物ではあるが、封建制を体現する存在でもあった。 しかしタキは万太郎と寿恵子の祝言の席で、本家と分家の区別なく互いに手を取り合って商いに励んでほしいと語る。タキの死は封建制が崩壊し、女であるがゆえに酒蔵に入ることを許されなかった綾にとって、新しい時代の到来を意味する。『らんまん』は、綾や寿恵子が困難に晒されつつも自らの力を発揮していく物語でもあり、歴史に名を残すことのない彼女たちも、新しい時代のなかで、いわば名前を与えられていくドラマである。しかしどちらも栄やタキを古い時代の象徴として描かず凛とした魅力的な人物として描いた点に、単なる時代の変化ではなく、継承と更新というテーマを読み取ることができる。一人でなんとかしようとすることを改め、田邊や野田(田辺誠一)に助けを求めるも桜を治せなかった万太郎が、接ぎ木をして新しい桜を育てることを提案するのは、そのテーマをよく表している。酒屋の組合を作ろうと翻弄するも男女差別に晒された綾を「あなたは呪いじゃない。祝いじゃ」と励ます竹雄の台詞も忘れがたい。綾と竹雄も万太郎と寿恵子も、どちらかがどちらかに従うのではなく、対等な関係を構築していくことになる。 タキの死によって峰屋は次第に苦境に立たされ、やがて店は潰れる。万太郎は東京で貧しい生活を送っていたが、決定的に「持たざる者」となる。