朝ドラ『らんまん』が心を摑んだ理由 名もなき草に光を当てた長田育恵の名脚本
名づけ親になって自分の名を刻みたい!
第12週「マルバマンネングサ」(第60話)で万太郎がロシアに送ったマルバマンネングサの標本が植物学の権威であるマキシモヴィッチ博士によって新種と認定され、「セドゥム・マキノイ・マクシム」と命名されたことがわかり万太郎は狂喜する。しかし、第13週「ヤマザクラ」(第61話)では、「けどなんで名づけ親がわしじゃないがか」「わしのマルバ、とられとうなかった」と悔しい思いを吐露する。そして第14週「ホウライシダ」(第66話)では、新たに発見した新種の植物に向かって、「大それた望みながか。わしじゃち渡しとうないき。わしが名づけ親になっておまんのこと、世界に知らせたい」と語りかける。藤丸(前原瑞樹)がマキシモヴィッチを「神様」と呼ぶことからもわかるように、マキシモヴィッチは植物学の世界的権威としてその頂点に君臨している。対して小学校中退の万太郎は田邊から、「おまえは何者でもない」「植物学会の会員でもない、大学の教員でもない学生でもない」「なんの身分もない、なんの保証もない、小学校も出とらん虫けら」とののしられ、「私のものになりなさい」と命じられる。田邊専属のプラントハンターになれという意味である。 しかし万太郎は、「この子はわしが見つけました。わしはこの子が大好きですけ。ほじゃけ誰にも渡せません」と、それを拒否する。万太郎の拒絶には、学歴や所属を持たず何者でもないからこそ自分の名を刻みたいという切実な願いが込められている。しかし新種をなかなか見つけることのできない田邊教授の、万太郎をプラントハンターとして所有しようという欲望もまた切実である。その二つの切実な願いは、実は表裏一体なのではないだろうか。
東大出禁で名もなき雑草に逆戻り
第16週「コオロギラン」(第76話)で田邊教授が新種として発表しようと準備を進めていたトガクシソウを、ケンブリッジ大学に留学中の伊藤孝光(落合モトキ)が先にイギリスの雑誌に発表してしまい、東大の植物学研究室一同は動揺する。藤丸は、「誰が発表したって花は花じゃないですか」と述べて新種発表や名づけを競うこと、大学が「いくさば」となってしまったことに疑問を呈する。藤丸の言葉は万太郎に刺さり、「わしこそ名づけ親になりたくて執着しよる人間じゃ」と気づく。 第17週「ムジナモ」(第84話)で、田邊は万太郎が見つけた「ムジナモ」が日本でまだ発見されたことのなかった食虫植物であることを教え、万太郎に発表を促す。しかし第85話では、万太郎が書いたムジナモの論文に自分の名前がなかったことに田邊が激怒し、万太郎に東大植物学教室への出入りを禁じる。万太郎は田邊に認められたい一心ではあったものの、名づけ親になることに執着するあまり、発見を自分だけのものとしてしまったのだ。ここでは第16週での気づきは活かされなかったと言える。