1本100円のホルモン注射 胸を「もっと大きくしたい」相談すると… カルーセル麻紀81歳、差別や偏見と“闘い”の人生
幼少期から「周囲の男の子と違う」と感じていたカルーセル麻紀さん。中学校時代でゲイボーイの存在を知り「私はこれになりたい」と思うようになった。 【動画で見る】カルーセル麻紀81歳 小学校時代のあだ名は“女のなりかけ” あの時代は「残酷だった」
■家出を決意 引き金は教頭のバリカン
早く家を出たい、と思っていたのに、高校に受かっちゃって。そこで演劇部に入ったんですけど、男の役をやっていると、みんな笑っちゃうわけです。部長も「女の役やってくれ」というから髪を伸ばしていたら、教頭にバリカンで刈られて「ああ、もうこれは家出しよう」となった。「この野郎」って蹴っ飛ばしてね。 東京に出るつもりでした、ゲイボーイになるため。ただ、鈍行電車で会ったお兄さんが「東京に行かなくても、札幌にあるよ」と教えてくれました。店の前で待ってると、スカートはいたおじさんが、「まだママが来ないから、上がりなさい」と言ってくれて。 中にいたバーテンダーから年を尋ねられ、「15です」と言うと、「15じゃ使ってくれないから、18って言いなさい」って。そのアドバイスで、ママには「ここで働きたくて来ました。18歳です」と言いました。ママは「18には見えないね」と言いながら、「肌がきれいだね」と言って、そのまま化粧をしてくれました。
■「末恐ろしい子」 しかし実家に連れ戻され…
入った日からショータイムに出ていましたし、マンボもジルバも踊れた。「末恐ろしい子だね」ってママに言われたんだけど、1か月くらいして、中学校の時の友達に手紙を出しちゃって、札幌のゲイバーにいることがばれちゃった。札幌の警察に連れて行かれて、(釧路の)家に連れ戻されました。 学校にも行けないから、バーで働いていたんだけど、「ゲイボーイがいる」ってみんなが見に来るから、嫌になってすぐ辞めちゃった。 母親に「もう1年だけ(札幌で)やらせて」ってお願いしました。長男に「お前、出て行くなら二度と家の敷居をまたぐなよ」と言われ、口答えはできないけど、腹の中で「わかってるわよ。二度と来るかよ」と思って。ただ、母親は「しょうがないね。でもね、ちゃんと働いて一流になるんだよ」って送り出してくれましたね。