青木さやか「社会的に力を持つ立場になったとき〈嫌だと言ってくれればよかったのに〉は通用しないんだな今ならわかる」
青木さやかさんの連載「50歳、おんな、今日のところは『……』として」――。青木さんが、50歳の今だからこそ綴れるエッセイは、母との関係についてふれた「大嫌いだった母が遺した、手紙の中身」、初めてがんに罹患していたことを明かしたエッセイ「突然のがん告知。1人で受け止めた私が、入院前に片づけた6つのこと」が話題になりました。 今回は「社会の上下関係におけるタブーに気づいたもの」です。 【写真】時代を感じるジャケット姿の青木さん * * * * * * * ◆破ってはならないタブーと思ってたこと 誰かがテレビで言っていたことが心に響いた。たぶんこのようなことだ。 [事実は一つかもしれないが捉え方はそれぞれだ。特に社会的地位を持ってしまった場合、相手が『はい』と言ってしまう状況を自分が作っていることに気づくことは大切だと思う] わたしが部下の立場で考えてみると、自身が腑に落ちていないことや笑えないことを言われた時「いいえ、そうは思いません」と返せただろうか。冗談ぽくは言えたかもしれない。だけど本気で言っていると感じ取られたら、嫌われるのではないか、仕事をやりづらくなるのではないか、ヤバいやつ認定されるのではないか、と体と心のセンサーを懸命に働かせながら立ち回っていたように思う。 だけど、これって、自身の生活に影響がある上司に好かれようと頑張るわけだから、当たり前の処世術ではなかろうか。 だって、どんなに傷ついた時も「嫌なこと嫌」って言ってはならないんですよね。タブーってあるんですよね。それを破る者は追放ですもんね。(と、今も思い込んでいる節がある)
◆過去何度も言ってきた言葉 逆に、わたしが上の立場だったとき。 たとえばわたしについてくれたマネージャーが辞めたりして、会社から「青木さんとの折り合いが良くないので」と聞いた時、わたしは傷ついた。 そしてこう言った。 「嫌なことがあったら直接言ってくれれば良かったと思います」 この「なら言ってくれれば良かったのに」という言葉を、わたしは過去何度も言ってきたように記憶している。 辛かったなら言ってくれれば良かったのに。言ってくれなきゃ気づかない。言ってもらえないと成長できないのに。むしろあなたを思って厳しくしたのに。なんなのよ。 いつのまにか、苦言を呈してもらえない立場になっていたことがわからなかったのだろう。あっという間に先輩になってしまうものだ。(嘆き)
◆気づきは明日を変えてくれるはず きっと、わたしがこのマネージャーの立場だとしたら 「言えるわけないだろう!いや、言えませんでしたよ」 と、きっと心の中で叫んだのでは。 申し訳ないことをした。 腑に落ちてないのに話を合わせてしまった上の人に対してだって、もしかしたら申し訳ないことをしていたのかもしれない。 正解はよくわからないけど、気づきは明日を変えてくれるはず。
青木さやか