深まる国内政治不安は金融市場の不安定化、円高を後押しするか
派閥バランス重視の政策運営に大きな打撃
そうしたもとで起きた安倍派の問題は、派閥バランス重視の岸田政権の政策運営には大きな障害となる。一方、安倍派の閣僚、党幹部を多く交代させる場合に、安倍派の強い反発を浴びれば、その後の政権運営に逆風となり、2024年9月の自民党総裁選での岸田首相の総裁再選にも赤信号が灯りかねない。 他方、足元まで続く岸田政権の経済政策での大きなブレ、混乱の起点となったのは、昨年年末の防衛増税を巡る安倍派の強い反発であったように思われる。岸田政権が閣議決定をした防衛増税に安倍派など保守層が強く反発し、いまだに決着をみていない。これは、岸田政権の政策運営への信頼感を損ねてしまっただろう。 国民からの支持率が大きく低下してしまった岸田首相が、苦境を乗り越え長期政権に向かうことができるのであれば、今回の問題を受けた安倍派の勢力低下は、岸田首相が本来望む政策を実現できる方向に働くことが考えられる。しかし、政権の持続性については、リスクが高まっている状況だ。
政治の不安定化は日本では円高要因に
政権が国民からの支持を失っている不安定な政治情勢は、経済政策遂行の障害であるなどの観点から、金融市場には悪材料となりやすい。具体的には円高、株安要因である(コラム「繰り返される政治とカネの問題:先行きの政局を睨み金融市場はどう反応するか:日銀の政策修正にも影響か」、2023年12月4日)。 多くの国では、政府不安は通貨安要因であるが、日本の場合には、政治の不安定化も含めたすべてのリスク要因の高まりは、円高要因となることが多い。日本の金融機関がリスク軽減を図って海外資産を国内安全資産に移す動きを誘発するとの発想が底流にあるだろう。そして円高が進めば、大手輸出企業の減益要因となることから、株式市場にも逆風である。
日本銀行の政策の自由度は高まるか
安倍派の勢力低下は、日本銀行にとっては金融政策の自由度を高める要因であり、マイナス金利政策解除など政策修正を進めやすくなると言えるのではないか。安倍派は概して、財政拡張的な経済政策を支持する傾向が強いと思われる。そのため、財政拡張策のために国債発行を拡大させても長期金利が上昇しない環境を維持することを狙って、日本銀行の異例の金融緩和の維持を主張する声が、安倍派内では概して強い。また、2%の物価目標や異例の金融緩和は、アベノミクスの遺産との考え方もあり、日本銀行の政策修正に批判的な傾向がある。 こうした安倍派の姿勢は、日本銀行の政策修正には一定程度の制約になっているものとみられる。この点から、今回の問題が安倍派の勢力を大きく削ぐ場合には、日本銀行は政策修正に向けた自由度をより獲得することになり、それは日米金利差縮小観測から円高要因となるのである。 7日には、植田総裁の「年末から来年にかけて一段とチャレンジングな状況になる」との発言を、早期の政策修正の可能性を示唆したと解釈した為替市場で、一時141円台と今年9月以来の円高水準となった。こうした為替市場の反応は過剰であったと考えられる(コラム「植田総裁発言で早期利上げ観測が浮上か」、2023年12月7日)が、米国の利下げ観測、日本銀行の政策修正観測が燻ぶる中、国内政治の不安定化要因がさらに強まる場合、ドル円レートは、今年年末には1ドル140円台前半(1ドル140円~145円)を固める動きとなることが見込まれる。 このような年末にかけての円高の動きは、2024年が円高の一年となることを先取りする動きでもあるのではないか(コラム「2024年は円高の一年に」、2023年12月8日)。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英