『虎に翼』小林薫と伊藤沙莉の“師弟コンビ”が対立 男性キャラの型にはまらない穂高の役割
『虎に翼』で描かれる2タイプの“男性像”
なぜ寅子は怒りを爆発させたのか。寅子の怒りを、場をわきまえない不相当なものと考えることもできる。それでも寅子は言わずにいられなかった。なぜなら、穂高は寅子にとって父親代わりの超えなければならない壁だからだ。本作で描かれる男性像は、大別すると女性の社会進出に理解があるかないかで区分できる。寅子の家族は概して前者だった。優三(仲野太賀)や直言、直道(上川周作)、直明(三山凌輝)は寅子の挑戦を理解して支えた。「善人は若死にする」ではないが、残念ながら直明をのぞいてドラマの舞台を去っている。 明律大学の同期、花岡(岩田剛典)、轟(戸塚純貴)、のちに同僚となる小橋(名村辰)や稲垣(松川尚瑠輝)、上司の雲野(塚地武雅)、多岐川はそれぞれクセのある人物だが、寅子と視点を共有する理解者である。一方で、寅子と仲間たちの行く手を阻む人々もいる。梅子(平岩紙)の夫である弁護士の大庭(飯田基祐)が典型だが、各週のゲストで登場した男性キャラは、いわゆる「有害な男らしさ」とされる属性を具現化していた。 上記の登場人物は、ストーリーの進展にともないそれぞれの役割を担っており、“そういう人”として性格付けされてきたと言える。これに対して穂高は類型化できないキャラクターである。類型化できないということは、物語の中で変化し、成長する人物であることを意味する。そのことは、フェミニズム的視点を包含しつつ主人公の成長物語でもある『虎に翼』で、欠かすことのできないキャラクターであることを意味している。 穂高は弁護士法改正に尽力し、明律大学に女子部を創設することで、女性初の弁護士のちに裁判官となるヒロインが活躍する舞台を設定した。また、法律の意義を示す師として寅子を導いた。それだけではなく、寅子が異議申し立ての「はて?」をぶつける対象でもあった。ちょっと役割が多すぎる気もするが、第69話では穂高自身が寅子とのやり取りを通して傷つき、悩んでいたことも明かされた。 穂高は寅子を地獄へ引きずり込んだ人間である。寅子の“地獄”は先駆者ゆえの「わかってもらえなさ」にある。「スンッ」としないために行動する寅子は、周囲から見れば「モノ申す」ヤバい人だ。あまりのわかってもらえなさに、寅子のフラストレーションは言葉にならない叫びとして噴出する。穂高は寅子に指摘されて、自らの内にある有害さやパターナリズムと向き合ってきた。それでも寅子からすれば「まだまだ」なのだ。 わかってもらえない寅子と、理解しようとする穂高は永遠にすれ違ったままだ。自分たちを地獄に引き込んだことを忘れないでほしい、「雨だれ」などという都合のよい言葉でなかったことにしないでほしい。寅子の穂高に対する期待値はとても高く、ある意味で寅子は穂高に甘えている。穂高は戸惑いつつそれを受け止める。この師弟はすれ違ったまま見えないボールを投げ合っていて、二人のやり取りが『虎に翼』という物語の原動力になっている。尊属殺重罰の最高裁判決(のちに判例変更)を取り上げた第14週は、本作が必然的にはらむ“父殺し”の構図を明らかにするものだったと言えるだろう。
石河コウヘイ