明らかになってきた資本主義と民主主義の「限界」、このディストピアでも「幸せを感じられる」生き方
■ どうしたら幸せな生き方を送れるのか そういう絶望の世界で、わたしたちはどう生きればいいのでしょうか。 ここまで見てきた民主主義や資本主義がもたらす絶望感はどこから来ているのかと言えば、先ほど説明した「人間疎外」からだと思います。マイナンバーカードに始まり、ネット社会の高度化、SDVの浸透、AIの深化などで今後ますます人間疎外感は強まっていくはずです。 そういう中で幸せな人生を送るには、人間を取り戻すしかありません。「人間を取り戻す」というのは、個人レベルで考えれば「他者との関係の構築」にほかなりません。私たちは、民主主義、資本主義の社会の中で、家族・親族、友人、地域の人々との交流がどんどん希薄になってきています。合理・客観の世界、時間の有効活用や効率よく稼ぐという経済成長至上主義の世界では、こうした人間関係の構築は一見無駄でしかないからです。紙幅の関係もあって詳述はしませんが、少子化の進展も実はこの文脈で結構説明がつく(合理主義・客観主義が進んだ資本主義的世界ほど、子供を作り育てる合理的説明が難しい)と筆者は考えています。とくに都会は本質的に無機質であって、つまりは、血縁や地縁を感じる機会が空間的・時間的に乏しく、人間疎外的要素が強い。 そういう中で他者との関係を自ら再構築することで、私たちが人間性を取り戻すために重要なのは、無機質な都会の中で人間関係の構築にあくせくすることではなく、むしろ、疎な空間としての地域とのつながりだと思います。インターネットとか交通機関の発達を逆手に取れば(資本主義の進展がもたらした産品・サービスではありつつも、人間疎外ではなく、人間をつなぐ便利な武器と考えれば)、地域への移動、地方との交流はかつてに比べずっと容易くなっています。 どこか特定の地域としっかり結びついて、その地域の人々との関係を深めていくというアプローチもよし、ネットや交通手段を駆使して、一カ所にとどまらず複数箇所と関係を築いていくというアプローチもよし。いずれにせよ、地域の共同体のしがらみから逃れての都会での自由か、あるいは、人間疎外からの回復のための地縁・血縁共同体への回帰か、という二者択一ではなく、どちらも追求することができる時代が来ているということの認識が重要ではないでしょうか。 私自身のことを言えば、実は40歳前後までは地域との交流をほとんど持っていませんでした。東京の団地で生まれ、その後育ったのは現在の埼玉県の西部、日高市や飯能市です。とはいえ、いわゆるニュータウン育ちなので、その土地と深く結びついているとはいえず、一種疑似都会コミュニティー的な、作られた環境で育ちました。経産省の官僚時代にも地域政策には関わっておらず、とくに地域と縁があるわけではありませんでした。 経産省を辞め、37歳で青山社中を立ち上げ、それから2年くらい経ってから地域の政策に関わるようになりました。創業してからこれまで、公式に20カ所くらいの自治体でアドバイザーになったり審議会の座長や委員を務めさせてもらったりと、様々なつながりを持たせてもらってきています。そのため割と頻繁に地方出張をしているのですが、いろんな地域、人々とかかわりが持てたおかげで、私自身の人間性の回復につながっているような気がしています。 地域での人とのかかわりというものは、GDPには換算できない性質のものです。たとえば東京で知人を呼んでBBQパーティーをしようとすると、肉を買ったり野菜を買ったりすることになりますが、これらの消費はGDPに貢献します。一方、地方でBBQパーティーをやろうとすれば、往々にして、裏庭で作っている野菜を持ち寄ったり、余った米を持ち寄ったり、時には飼っている鶏を絞めて持参したりという具合になりますが、金銭のやり取りが生じなければ、これはGDPに換算されません。資本主義や成長主義的には、都会でパーティーをやるべきということになりますが、どちらが幸福度が高いかと言ったら、みなで食材持ち寄ってワイワイやる地方のBBQのほうではないでしょうか。というのもそれは、人間疎外からは程遠い、人の温もりが感じられる行為だからです。人間充実度(裏を返せば人間疎外度)という指標と、GDP指標は、往々にして反比例するわけです。 資本主義的観点から見れば、あまり価値がなく、ともずれば無駄に見えるような人と人とのかかわり合いが濃い行為の中に、私たちは幸せや楽しさを感じるのです。地域社会とのつながりはその典型ですが、もちろん、他の繋がり方もあるでしょう。いずれにせよ、合理主義や客観主義の蹉跌から逃れ、資本主義的・民主主義的限界を個人的に突破するような行為にもっともっと積極的に取り組んでいけたら、私たちの人生はもっと豊かなものになってくるのだと思います。面と向かって、裸の付き合いで一緒にふろに入る、みたいな世界には、さすがに監視カメラもデータドリブン社会も入ってこられません。 いままで「幸せな生き方」とされてきたのは、「偏差値教育下での競争を勝ち抜き、いい大学を出て一流企業のサラリーマンになり、都会で暮らして…」というものでしたが、民主主義にも資本主義にも限界が来ている中で、そのスタイルが決して幸せではないことが明らかになってきています。 そういうレールに乗ってきた人たちが幸せを取り戻すためにできることの一つは、地方の人々との関係性の構築だということで、そのことを体験も交えて述べてきましたが、われわれ一人一人が、民主主義や資本主義の行きつく先の残念さや暗さを理解しつつ、しかし、これに代わる理想的制度はないと腹をくくって、その中で人間性をどのように取り戻して幸せな生を過ごすか、真剣に考え、そして何より行動すべき時が来ていると思います。政治に頼るのでも、ましてや会社に頼るのでもなく、最後は自らと自らを取り巻く人間を頼るしかないと理解して。 【朝比奈一郎(あさひないちろう)】 青山社中筆頭代表・CEO。ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授。東京大学法学部卒業後、経済産業省に入省。ハーバード大学行政大学院修了。経産省ではエネルギー政策やインフラ輸出などを担当。また霞が関の構造改革を目指す「新しい霞ヶ関を創る若手の会(プロジェクトK)」を設立し、初代代表に就任、霞が関改革案を提言する。2010年11月、日本再生を目指す青山社中株式会社を設立、教育・リーダー育成、政策支援・シンクタンク、自治体向けのコンサルティング等を手掛ける。 ■著者のその他の記事 ◎いまの日本に必要なのはマネジメント力ではなくリーダーシップ(2024.4.25) ◎幸せってなんだ? 時代のムードに流されて「幸せへの道筋」を見失わないために(2024.4.24) ◎「裏金事件でほとほと愛想が尽きた」と国民に思われている今がむしろチャンス、自民党改革のための3つの処方箋(2024.3.7) ◎メディアとネットによる過剰なバッシング、叩いて壊した結果なにか残るのか(2024.2.1) ◎イーロン・マスクとゴジラ、そして創価学会に学ぶこれから日本が目指すべき(2014.1.9) ◎世界では当たり前の「ライドシェア」、日本の反対論者を納得させる方法(2023.12.8) ◎「手間かかるから大手に丸投げ」の発想がジャニーズ問題を生んだ(2023.10.20) ◎内閣改造でも支持率がパッとしない岸田内閣に贈る現状打破のための処方箋(2023.9.25) >>もっと読む
朝比奈 一郎