朝作る3食分は、自分の心をはかるものさし
【&w連載】東京の台所2
〈住人プロフィール〉 58歳(会社員・女性) 分譲マンション・3K・田園都市線 用賀駅・世田谷区 入居27年・築年数48年・長女(18歳)との2人暮らし 【画像】台所写真をもっと見る(26枚) マンションには珍しく、台所脇に勝手口がある。開けると中庭の緑が見え、そこからリビングダイニングの向こうのベランダに向けて風が抜ける。昭和の造りのしっかりした集合住宅で、酷暑日であったが心地よい風が印象的な台所だった。 13年前の離婚で夫が抜けてからは、娘とふたり暮らしである。 「越したい気持ちもなくはなかったけれど、眺めも間取りも好きで娘の学区も変わりたくなかった。かといってリフォームをする経済的余裕はなかったので、家具や食器棚を全部処分してカーテンを付け替えました。昔離婚した友達が、トイレをウォシュレットに替えて、カーテンを全部替えたら気分が一新したと聞き、そういうリセットのしかたもあるのかと記憶に残っていて」 ローンを全額自分名義に組み替え、支払期間を長くし、月々の負担を軽くした。 女性関係と金銭感覚の破綻(はたん)で離婚したが、「私が嫌いだからといって彼が人間失格ではないんですよね。彼はめちゃくちゃ娘をかわいがる子煩悩な人でもありました」。 離婚という選択をしても、娘をとても大切に思ってくれている人を娘から奪う権利はない。 「だから、元夫と娘のやり取りは本人たちに任せています」 冷凍庫には、毎年元夫から大量に送られてくるマンゴーが入っていた。娘の好物だという。 「離婚しているの」と、躊躇(ちゅうちょ)なく人に言えるようになるまでには数年かかったという。 ひとりでも大丈夫、ちゃんと育ててやっていけると思えるようになったのは、朝の料理が大きいと振り返る。 「作り置きが苦手で、そんなに料理も得意ではありません。でも出勤前の朝、その日の3食を作る。用意できたから今日も大丈夫と、朝の料理を軸に、自分をはかっていた気がします」