縄田一男 私が選んだBEST5(レビュー)
『夜の人々』――この蠱惑的な小説は、レイモンド・チャンドラーが「これまで書かれた犯罪小説のなかで最高の一作」と激賞した一巻である。 チャンドラーの小説は、ハードボイルドというよりはノワールに適しており、アンダースンのそれもまた同様である。 一九三〇年代という、アメリカの大恐慌時代。若くして終身刑となったボウイは、仲間と脱獄するも、すぐに銀行強盗と、犯罪を重ねていく。匿ってもらった先でキーチーと出会い、お互い惹かれ合うが、結局は警察に追われる身。未来の無い若い二人の逃避行はいかに――。映画『俺たちに明日はない』のボニーとクライドを彷彿させる。ニコラス・レイによる映画化『夜の人々』も秀逸。
デビュー作『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』で、歴史・時代小説ファンの度肝を抜いた羽鳥好之の第二作『遊びをせんとや』は、精神下の死闘を描いている。題名の「遊びをせんとや(生まれけむ)」は、平安時代末期、『梁塵秘抄』に端を発し、今様・歌謡として現代にまで歌い継がれている一節。 本作は、前作が傷の無い美を称えていたのに対し、乱調の美を称えており、そのうえ上質な謎解き小説になっている。天下人徳川家康と茶匠古田織部。己の生と死を懸け、美のために闘う――答えは一通りではない謎、一体どの解釈が正しいのか。味わい深い作品だ。
『警官の酒場』、佐々木譲の大ベストセラー道警シリーズ、第一シーズン完! となっていて、面白くないはずがない。佐伯、小島、津久井、新宮――それぞれの信念と矜持を描き、読む者を惹きつけてやまない。 闇バイトで集められた押込強盗犯の犯罪が空恐ろしく、背筋が凍る思いがする。スピード感に舌を巻きつつ、それぞれの願いや想いがひとつに収束し、警官の酒場に満ちていくことに胸打たれる。
門井慶喜『ゆうびんの父』――郵便制度の祖であり、一円切手の肖像にもなっている前島密の、あまり知られていないその人間像を、鮮やかに描き切った感動作。 農家出身で、生後すぐに父を亡くし、何の後ろ盾もない彼が、いかに道を切り開いたか――作者曰く「近代社会の根幹を体現した最初の人物」前島密。誰もが平等に想いを届けられる世界を創ってくれたことに心より感謝。
千野隆司は『成り上がり弐吉札差帖 貼り紙値段』で、商人の矜持と店の信用を守るため、知恵と根性で奮闘する青年を描いた。昨今の“裏金”による政治不信を、図らずも痛快に一刀両断した格好だ。 一〇年前に父を死なせた侍の手がかりも浮上し、激動の出世奮闘記に胸がすく。頑張れ。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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