話題の評伝著者が明かす「破壊者としての孫正義」に秘められた謎
世界に影響力を持つ英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」元編集長のライオネル・バーバーの手による孫正義の評伝『ギャンブリング・マン』が海外で話題になっている。 【画像】関連人物150人もの取材をおこなって孫の伝記を書いた記者 孫の素顔は、優れた投資家か、預言者か。あるいは運に恵まれたギャンブラーにすぎないのか。筆者のバーバーが英紙に寄せた孫の素顔とは。
孫の自己評価
2023年10月のとある夕方、東京湾が夕闇に包まれるころ、孫正義はソフトバンク本社内の自室にあるテーブルの上座に座っていた。ウラジーミル・プーチン大統領がクレムリンで使っているものと同じくらい、長い長い木製のテーブルだ。 小柄で、頭髪が後退した孫は、ジャケットとスラックスというカジュアルないでたちで、キャリアのどん底にあった時期を振り返っていた。ちょうど1年前、ソフトバンクグループ(以降ソフトバンクG)の決算説明会で挨拶に立ち、当分はプレゼンテーションをしないと公言したころだ。 「散々な人生ですよ」。そう訴える声には自らを哀れむトーンがにじんでいる。「ズームで通話していると、自分の顔が画面に映りますよね。それが嫌でね。醜いし、もう年だから……僕の業績ですか? 自慢できるようなことは何ひとつありません」 額面通りであれば、驚きだとしか言いようがない。当時66歳だった孫は、世界でもっとも名高い投資家に数えられ、過去には、広く知られる前のeコマース大手「Yahoo」や「アリババ」に投資してきた。 インターネットバブル最盛期の2000年代初頭には、ごく短期間ではあるが、世界長者番付で1位になったこともある。しかし、インターネットバブルが弾けると、ソフトバンクGの株価も下落し、孫は資産の97%にあたる700億ドルを失った。 それでも孫は復活を遂げ、日本でブロードバンド事業と携帯電話事業を立ち上げて成功した。その原動力は、アップル製iPhoneの独占販売契約だ。孫は続いて、資金規模1000億ドル(約15兆円)のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)を設立してシリコンバレーを破壊し、最終的には投資史上最大の変動幅と損失を出す結果となった(これが一時的に公の場から姿を消した理由だ)。 私は、英「フィナンシャル・タイムズ」紙のエディター時代、孫に2度会い、彼の一代記を1冊にまとめたら面白いのではないかと考えた。リスクについ手を出してしまう彼の人生は、生き残りを賭けて改革をひたすら繰り返す典型的な起業家の物語だ。 では、孫はテック業界の未来を見通す先見の明をもつ人物なのか、あるいは、幸運に恵まれた根っからのギャンブラーにすぎないのか。孫が1981年にほかに先駆けて創業したソフトバンクGが砂上の楼閣だと評されることが多いのはなぜなのか。 こうした疑問への答えを探り出すのは、想像以上に困難だった。私は2度、孫に会うために来日し、2度とも、多忙を理由にドタキャンされた。(絶滅危惧種の)野生のベンガルトラよりもつかまえるのが難しい人間なのかとぼやくと、ソフトバンクGのインド人幹部にこう返される始末だった。「ならば、ヤギを連れてくればいいのでは?」 欧米メディアではたいてい、孫は漫画風に描かれる。本人も、自らを「スター・ウォーズ」のヨーダにたとえたり、ナポレオン(詳細は後ほど)や、イエス・キリスト(彼もやはり誤解されていたらしい)を引き合いに出したりする。長生きに執着し、120歳まで生きたいと友人に語ったほか、ソフトバンクGは300年成長し続けるよう組織化すべきだと発言したこともある。 私は、孫に4度会い、彼を個人的に知る人物や仕事の関係者150人以上に話を聞いた。その結果、ある結論に至った。 つねに変化を求める孫正義という人間には、目に見える以上の何かがある、と。彼は、画期的なテクノロジーを発明したり、支配したり、所有したりしているわけではなく、典型的なミドルマン(仲介者)だ。 そして、莫大な富を生み出して社会の隅々に浸透したテクノロジーの波に乗った人物でもある。彼の物語は現代の物語なのだ。
孫の生い立ち「自分の国籍さえ知りませんでした」
後半では、孫のこれまでの経営手法や失敗、孫のビジネスマンとしての評価をあぶり出す。孫は自らを歴史上のある人物に投影している。孫の真価とは。
Lionel Barber