リスクが高い? 10代で欧州移籍した日本人選手(6)衝撃の高卒→プレミア直行。苦難の連続だったスピードキング
今夏、19歳の塩貝健人が横浜F・マリノスへの加入内定を解除してオランダのNECナイメヘンヘに移籍することが発表された。これまでも10代で欧州に旅立った日本人選手は多くいたが、その後のキャリアはどうだったのか。今回は、過去に10代で欧州に移籍した主な日本人選手を紹介する。※成績は『transfermarkt』を参照
FW:宮市亮 生年月日:1992年12月14日 移籍時期:2010年12月(18歳) 移籍:中京大中京高校→アーセナル(イングランド) 高校を卒業したばかりの18歳が名門アーセナルに直接加入するというシンデレラストーリーに、当時多くのファンが胸を躍らせた。 中京大中京高校時代から注目を集める存在だった宮市亮は、2010年8月にプレミアリーグ(イングランド1部)の強豪アーセナルの練習へ参加。アーセン・ベンゲル監督(当時)から高い評価を受け、同年12月に加入が正式発表された。イギリスの就労ビザ発行基準を満たしておらず、2011年1月にはフェイエノールト(オランダ)へ期限付き移籍したものの、同年8月には就労ビザを特例で取得してアーセナルに復帰。いよいよ訪れた宮市デビューの瞬間を待ちわびていたファンはどれほどいたことだろう。 しかし、2011年11月にリザーブリーグで負傷して長期離脱したところから、宮市にとって“負の連鎖”が始まってしまった。期限付き移籍で加入したウィガンでは、二度にわたって右足首靱帯を損傷。アーセナルで主力選手として定着することは叶わず、2015年6月には契約が解除されていたことが明らかになった。 アーセナル退団後も、宮市は幾度となく大怪我を経験した。長期離脱から復帰しては再負傷する流れが続き、一時は選手生命の危機が囁かれるほどだった。フィジカルが出来上がっていない10代のうちにコンタクトの激しいプレミアリーグでプレーしたことが、結果的に負傷の頻発化を招いてしまったのかもしれない。 もしも怪我無くアーセナルで主力の座に登り詰めていたとしたら……。そんな“IF”を考えてしまうほど、50mを5秒台で走る快足ウインガ―のプレーにはロマンが詰まっていた。
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