馬場智章が語る 『BLUE GIANT』での飛躍を経て、世界へ出ていくための挑戦と実験
アニメーション映画『BLUE GIANT』で馬場智章を知ったリスナーは驚くことだろう。というか、馬場のことをそれなりに知っている僕(柳樂光隆)でさえ驚いた。メジャー・デビュー・アルバム『ELECTRIC RIDER』は彼のイメージを変える作品だ。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 ここにはふたつの驚きがある。ひとつはNYのアコースティック・ジャズのイメージがあった馬場がエレクトリックなサウンドを作ったこと。もうひとつはそのクオリティが尋常でなく高いことだ。収録曲の大半は、プロデュースを務めたBIGYUKIと、アーロン・パークス率いるリトルビッグにも抜擢され、NYのシーンで頭角を現している韓国最強ドラマーのJK Kimとの3人で制作されている。 以前からこのプロジェクトの構想を馬場から(立ち話くらいの感じで)聞いていたが、当初から「国外でも聴かれるようなものを作る」ことが大前提のプロジェクトだと口にしていた。 実際に出来上がったものを聴けば、その言葉がハッタリでもなんでもなく明確に狙いに行ったものだとわかるだろう。「普段の自分を出せばいける」といった希望的観測ではなく、勝ちに行くために何をやるべきかを突き詰めた跡がはっきりと見える。過去作と聴き比べると、同じサックス奏者とは思えない演奏をしている曲もあるくらいで、スタイルや奏法さえも大幅に拡張しており、今作で馬場智章のイメージは大きく更新されるはずだ。本人に話を訊いた。
大きなステージを想定した「踊らせる」音楽
―今作『ELECTRIC RIDER』はどういう経緯で制作していったんですか。 馬場:構想し始めたのは2020年あたりです。もともと大学時代からテレフォン・テル・アヴィヴやブライアン・イーノのようなエレクトロニカやアンビエントテクノにも興味がありました。それで、コロナ禍に突入した2020年の帰国時に、それまで興味がありつつやってこなかったAbletonに手を出して、札幌の実家で多重録音やビート制作をやって、Instagramに週1程度のペースで上げていたんです。全部打ち込みで、鍵盤を弾いてビートを作っていたんですよ。 ―そんなことやってたんですね、知らなかった。 馬場:もういよいよ実家にいてもすることないから東京に行こうと思って。でもまだNYに家があったので、引き払いに帰りました。NYもコロナ禍で何もやることがなかったのですが、中村恭士くんが僕のフェアウェルパーティーやろうよって連絡をくれて、恭士くんとケイタくん(小川慶太)、ユキくん(BIGYUKI)とバーベキューをしました。その時、酒が足りなくなってユキくんと買い出しに行ったとき、「インスタのやつええやん」って言ってくれて。「実はこんなんやりたいんですよね」って言ったら、「めっちゃええやん、やろうよ」って。「じゃあ、やることになったらお願いしますね」っていうやりとりがあったんです。 ―きっかけは口約束と。 馬場:帰国してから縁あって作った前作『Gathering』(2022年)はバキバキのジャズでしたが、そこから2、3年の動きが大きくて。エレクトロニカとかをやりたい気持ちがあるタイミングで、黒田卓也くんやルイス・コールのビッグバンドに参加したり、スタンディングのヴェニューで演奏する機会が多かった。ずっと(着席で聴く)ジャズの現場にいたので、スタンディング向けにしっかりやるのも面白いなと気付いて。ジャズクラブよりはフェスの大きなステージを想定して、自分が思ってる音が自分の作曲でどうなっていくのか。 そんなことを卓也くん主催のイベント「The BUNDLE」とか「Love Supreme Jazz Festival Japan」などで少しずつ試しながら、いよいよ(アルバムを)作ろうってなったときに、プロデュースをユキくんにお願いすることにしたんです。ジャズとは違ったプロダクティブな制作過程なので、どうしてもユキくんをプロデューサーに迎える必要があった。僕が今まで聴いてきた音楽はジャズ以外も多いので、その中で音作りがいいなと思ったものをユキくんと共有しながら制作を進めていきました。だから、元々ずっとこういう作風や制作に興味はあったんです。 ―ラブシュプでは松下マサナオさんなどと一緒にエレクトリックなバンドをやってたと思いますが、その前からこのアルバムの構想があったと。 馬場:そうですね。このアルバムを想定した曲を実際にライブでやりながら、どんなふうになるのか試して来た感じです、ラブシュプでやった曲も形を変えて収録しています。あとはやはり、このプロジェクトは求めるプレイヤーも普通のジャズとはどうしても変わってくる。ドラマーもそうだし、他の音作りについても、自分はキーボードに関しては全く分からない。そこで例えば(鍵盤奏者の)渡辺翔太とエレクトリックなことやろうってなったときに、「これがProphetなんだ」と認識したり、ユキくんの使ってる機材を見ながら実際に音出してみたり、少しずつ試していきました。 ―地道に試行錯誤を積み重ねていったわけですね。 馬場:だから、今回の曲作りは僕にとって難しかった。というのも、ジャズの曲を作りたくなかったんです。今は世界的に見ても、リーダー作では歌手やラッパーのフィーチャリングを入れることが多いじゃないですか。でも、僕はインストで何千人もの観客をしっかり踊らせる音楽にしたかった。 スタンディングのヴェニューやフェスならお客さんの反響も見れるので、例えばラブシュプで『STORYTELLER』(2020年の前々作)の曲はどういう反応が来るのか、これから作る曲を演奏したらどういう反応なのかを確かめたり、ノウワーのときもルイス・コールを聴きに来た人に僕の音楽はどう映るのかを考えたりしていました(※今年3月のノウワー来日公演で、馬場はTenors In Chaosの一員として東京公演、自身のバンドで大阪公演のオープニングアクトを務めた)。 ―馬場さんはここ数年で仕事のスケールもデカくなったし、演奏する場所も変わってきましたよね。特に『BLUE GIANT』以降は顕著で、フェスへの出演も増えた。徐々に演奏するモチベーションや意識、やりたいことが変わってきたってことですね。 馬場:そうですね。この間サンセバスチャン(スペイン・サンセバスチャン国際ジャズフェスティバル)でユキくんのバンドに加わって演奏しましたけど、ジャズクラブでお客さんが盛り上がるポイントと、スタンディングのクラブでの聴かせどころって変わってきますよね。 ―だと思います。 馬場:これまで作ってきたものは、自分の世界観に観客を連れてきて同じ情景を見て感動してほしいというようなものでした。でも、スタンディングのときは観客の様子を見ながら、大人数に向き合う音楽の聴かせ方を意識するようになったし、音作りにしてもただ自分がやりやすい環境だけじゃなくて、ソロの枠で何をすれば楽曲として盛り上がるのか、みたいな聴かせどころについてのビジョンを持つことは圧倒的に増えましたね。 それに伴って、ジャムをするバンドじゃないところで演奏する機会が増えたというか。卓也くんやユキくんのバンドでライブするときもしっかり(曲を)覚えるし。アンリメ(Answer to Remember)はコロコロ変わるので特殊ですけどね。でも、そういうトータルパッケージも含めて、自分がどう見えるかよりもバンドがどう見えて、観客がどこに共鳴するのかが大事かなって思います。なので、今回のプロジェクトは今までと違う方向性に振り切っています。