神戸を天皇杯決勝へ導いたイニエスタと”引退”ビジャの友情物語「1月1日も勝って幸せをおすそ分けしたい」
敵陣の中央でMF山口蛍からパスを受け、前を向いた直後だった。自身を追い越していったFW古橋亨梧へスルーパスを一閃。右足にピンポイントで合ったボールを、トップスピードでペナルティーエリア内へ侵入していった古橋が、2人にマークされながらも豪快に叩き込んで勝負を決めた。 直前にはMFセルジ・サンペールの凡ミスから、エスパルスに決定的なチャンスを献上。あわや同点だったFWドウグラスのシュートを、守護神・飯倉大樹がファインセーブで阻止していた。スコアだけでなく精神的にもエスパルスをどん底に叩き落とした、価値あるアシストだった。 右足親指の骨折を押して強行出場してきたリーグ戦を、セレッソ大阪を1-0で下し、来シーズンのJ1残留を決めた先月23日の第32節を最後に欠場。エスパルスとの対戦が決まっていた、天皇杯準決勝に照準を合わせて治療に専念し、万全のコンディションを作りあげてきた。 各チームに言えることだが、リーグ戦が終わった段階で母国へ帰国してしまう外国籍選手が実は少なくない。しかし、イニエスタは準決勝だけでなく、その先に待つ元日決戦のピッチに立つと何度も公言してきた。35歳のレジェンドは2つの理由から、モチベーションを極限まで高めていた。 ひとつは今シーズン限りでの現役引退を表明している、FWダビド・ビジャの存在だ。スペイン代表で、そしてFCバルセロナでともに戦い、数々の栄光をともに手にしてきた盟友は、天皇杯で頂点に立つ最高のフィナーレで、現役に別れを告げたいと公の場で願望を打ち明けてきた。
しかし、肝心のビジャはコンディションが整わず、エスパルスとの準決勝に出場するどころかベンチにも入らなかった。もし負ければ、自身が欠場していた松本山雅FCとのリーグ戦最終節がビジャのラストゲームになってしまう。ピッチ上で笑って終わりたいからこそ、鬼気迫るプレーを演じ続けた。 「選手みんなが高いモチベーションをもっているし、ダビド・ビジャ選手も決勝の舞台に立って戦えることを願っています」 快勝の余韻が残る試合後の取材エリアで、イニエスタはビジャへの思いをこう語るにとどめた。もっとも、後半44分にお役御免となったイニエスタとの交代で投入されたFW小川慶治朗は、イニエスタを含めたヴィッセルの選手、首脳陣全員が共有している思いを明かしてくれた。 「僕自身もそうですけど、最後は優勝をもってビジャを次のステージへ送り出してあげたい。口々には出さないけど、同じ気持ちを全員がもっているし、ビジャ自身も決勝戦へ向けて、万全のコンディションを作りあげるべく準備していると思うので」 もうひとつはヴィッセルが悲願の初タイトルを手にできる、千載一遇のチャンスが目の前に訪れつつあることだ。大きな期待を託されて加入し、Jリーグのピッチに立ちはじめたのが昨夏。イニエスタが経験してきたのはタイトル争いではなく、ほとんど経験のない、リーグ戦の残留争いだった。 タイトルを手にすることがクラブへ、そしてファンやサポーターへいかに大きな影響を与えるのか。バルセロナで実に32個ものタイトル獲得に貢献してきたイニエスタは、自らが積み重ねてきた濃密な経験を機会があるごとに日本人選手たちに伝えてきた。前出の小川が続ける。 「特にリーグ戦で厳しい状況にあるときなどは、イニエスタはロッカールームなどで常にみんなのモチベーションを引きあげてくれた。タイトルを獲得した経験談などは、やはり一番説得力があるので」