為替介入か非伝統的政策か-SNBの選択
経済情勢と見通し
スイスの経済活動は足元でむしろ堅調であり、第2四半期の実質GDP成長率は2.0%(前期比年率)に達した。もっとも、SNBは、成長率の上昇は化学製品および薬品の輸出増による面が大きく、他の産業の活動は緩やかであったと評価している。 この間、国内では民間消費の伸び率が0.9%(同)に減速したほか、設備投資も-3.0%(同)と減少した。この結果、国内最終需要は-0.1%(同)と小幅ながらマイナスに転じ、純輸出の13.3%にも及ぶ大幅な増加が実質GDP成長率を押し上げたわけである。 この間、労働市場にも減速感も窺われる。フルタイムの雇用者数は、サービス業で増勢を維持したが、製造業や建設業で横ばいに転じた。失業率も、長い目で見て極めて低いが、2023年前半の2%付近から足元で2%台中盤へと漸増した。 その上で、SNBの声明文は、経済指標を踏まえると第3四半期の経済活動はやや軟化したとの見方を示したほか、今後も経済活動は緩やか(modest)に止まるとの見通しを示した。理由としては、フランの増価と海外経済の回復の緩やかさを挙げた。 SNBは実質GDP成長率の正式な見通しを公表しないが、声明文では、2024年に1%にまで減速したあと、2025年には1.5%と2023年と同水準まで回復するとの見方を示した。しかし、SNBもこうした見通しに不確実性がある点も認めており、最大の要因として海外経済の動向を挙げている。
金融政策の今後の運営
物価見通しがこれだけ低下すると、SNBによる物価目標-CPIインフレ率を2%未満に抑制しつつ、景気循環に伴う変動は許容する-に照らしても、今後も更なる利下げを行う可能性は高い。 具体的には、SNBと金融市場(OISやサーベイ)がともに予想するように、2025年中に政策金利が0.5%で底打ちすることがメインシナリオだが、海外経済全体の回復度合いとともに、ECBの政策運営に大きく左右される。つまり、ユーロ圏の景気と物価の停滞が長期化しECBの利下げが続けば、スイスフランの一段の増価を通じて、スイスのインフレへの下押し圧力も一層強まりうる。 一方で、国内物価のインフレ基調はSNBの物価目標とむしろ整合的である点は、利下げの継続に疑問を生じさせうる。加えて、住宅価格の上昇にはモメンタムの低下も窺われるが、10年物モーゲージ金利が2023年初の3%代前半から足元で2%近傍まで下落する中で、住宅貸出の増加率も本年入り後に底打ちし、 SNBの声明文も住宅市場に課題が残る点を認めている。 今後、CPIインフレ率が予想以上に減速した場合のSNBの選択肢は、0%まで利下げを続け、必要であれば非伝統的政策を再開するか、低インフレの主因である為替介入(フラン売り)を活発化させるかの二つである。前者に関しては、スイス国債の市場規模や流動性を考慮すると、マイナス金利が具体案となる。 SNBはかねてて為替介入を金融政策手段として活用する方針を明示しているほか、今回の声明文でも必要に応じて発動する考えを明記した。利下げのみに依存しない姿勢は、低インフレの原因との関係の強さだけでなく、国内物価の動向や住宅価格の懸念に照らして合理性がある。 もっとも、同国の過去の経験は為替介入の効果が時間的猶予の創出に過ぎなかったことも示している。SNBが、マイナス金利政策の過去の経験に基づく効果の分析や実施方法に関する検討を開始する時期は意外と遠くないことが考えられる。 井上哲也(野村総合研究所 金融デジタルビジネスリサーチ部 チーフシニア研究員) --- この記事は、NRIウェブサイトの【井上哲也のReview on Central Banking】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
井上 哲也