GPSもスマホもない80年代…伝手をたどり足で稼ぐ40年前の探偵の実情とは? 大沢在昌のハードボイルド小説の魅力(レビュー)
大沢在昌、初期の代表作が40年ぶりに4カ月連続で復刊! 法律事務所の失踪人調査人として働く青年・佐久間公が活躍する伝説の人気シリーズである。 第3弾の今作は、ヤクザに外国人殺し屋、反政府組織、宗教団体……80年代の東京で「姿を消した若者たち」を捜し、「都会の闇」を暴く痛快ハードボイルド短篇集だ。 「小説推理」2024年11月号に掲載された精文館書店中島新町店・久田かおりさんのレビューで、『漂泊の街角〈新装版〉失踪人調査人・佐久間公3』の読みどころをご紹介する。 ***
■大沢在昌「若かりし時代」の魅力が満載のハードボイルド短編集は、都会の隅で姿を消した若者の哀しみや慟哭を掬いあげる一冊ともいえるのではないか──。
『漂泊の街角』は大沢在昌が手掛けた佐久間公シリーズ三作目の短編集。中学生の頃からハードボイルド小説を書いていたという大沢在昌若かりし頃の魅力満載の一冊だ。 この小説の主人公は大手法律事務所の失踪人調査を専門とする佐久間公。いわゆる「探偵」だ。 「失踪人調査」と聞くと探偵業務の中でもなんとなく地味な印象を受ける。世間を騒がせる大事件の現場に潜入し鮮やかに解決したり、連続殺人事件の犯人を鋭い推理でもって追い詰めたり、という派手な探偵業務とは違う地道な作業のイメージだ。 ところがどっこい、ちょいとお待ち。「地味で地道な失踪人調査のハードボイルドってなぁ」と鼻で笑ったそこのお客さん。四の五の言わずにとにかく読んでみてくださいよ。GPSもスマホもない80年代の、アナログで俗人的なのにド派手で徹底的な探偵物語が堪能できますから! デジタルガジェットを駆使すればあっという間に手に入る情報を得るために、40年前の探偵たちは見えない線を手繰り寄せ、伝手をたどり足でカケラを拾い続ける。 先に「徹底的な」と書いたが、佐久間はしょっちゅう徹底的にやられる、肉体的に。何度死にかけたら気が済むんですか、ってくらい腕を折られたり拳銃で撃たれたり。けれど我らが失踪人調査人はやられたらやり返すのだ、徹底的に。なのに事件の終わりにカタルシスはない。毎度終わりに漂うのはそこはかとない苦み。明日になれば忘れられてしまう都会の隅で姿を消す若者たちの人生がかもす苦み。 例えば第一章「ランナー」で佐久間が捜すのは草野球のメンバー純一。半年前にチームに入っただけの若者をメンバーたちが捜す理由は翌週の準決勝のため。純一のおかげで突然常勝チームとなったメンバーたちは急に姿を消した若者のためにお金を出し合って調査を依頼する。そこだけ読むとなんとなく心温まる関係のようだが、彼の行方を捜していた大人たちも、彼の失踪の原因となった大人たちもひと月もすれば純一のことなんて忘れてしまうだろう。彼の人生とはいったいなんだったのだろうか。 社会のゆがみと不条理のはざまに堕ち、平凡な幸せを夢見ることさえ許されない失踪人たちの慟哭が聞こえる。 大沢在昌が描きたかったのは佐久間公という探偵が垣間見る、強者に操られ踏みにじられる若者たちの声なき声だったのかも知れない。 [レビュアー]久田かおり(精文館書店中島新町店) 協力:双葉社 COLORFUL Book Bang編集部 新潮社
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