【社説】USスチール問題 米政府の買収禁止は不当
日本製鉄の経営戦略が理不尽な政治介入に翻弄(ほんろう)されている。その影響は一企業にとどまらず、日米の信頼関係をも揺るがしかねない。米政府は行き過ぎた保護主義を改めるべきだ。 バイデン米大統領は3日、日鉄による米鉄鋼大手USスチール買収を禁止する命令を下した。 両社は不当な政治的介入だと異議を唱え、大統領令や対米外国投資委員会の審査の無効を求める訴訟を起こした。買収を阻止するために違法な活動をしたとして、競合会社のトップらも提訴した。 並行して、20日に大統領となるトランプ氏に大統領令撤回の望みを託す。その可能性は低いとみられ、戦略の練り直しを迫られる恐れもある。 日鉄は一昨年12月にUSスチールを約141億ドル(約2兆2千億円)で買収し、完全子会社化すると発表した。 USスチールは1901年創業の米国を代表する鉄鋼会社だったが、国内での地位は低下している。身売りを含めた経営見直しに取り組むUSスチールと、成長する北米市場での事業拡大を目指す日鉄の双方に利益をもたらす買収計画と言える。 米国側の株主や従業員、地元政府の賛同を得て、昨年中に世界3位の鉄鋼会社を誕生させ、積極的な設備投資と技術移転で成長力を高める予定だった。 誤算は昨年11月の米大統領選の影響である。USスチールの本社があるペンシルベニア州は勝敗を左右する激戦州の一つだった。 全米鉄鋼労働組合が買収反対を打ち出すと、返り咲きを目指すトランプ氏が買収を阻止すると表明した。バイデン氏も買収を認めない方針を示し、後継候補のハリス副大統領は同調した。いずれも選挙戦を有利に運ぶ思惑があったのは間違いない。 日鉄は政治的な影響を避けるため、買収の審査期限が大統領選後となるように申請をやり直した。対米外国投資委員会は昨年12月の期限までに結論を出さず、バイデン氏に判断を委ねた。 バイデン氏が買収について「国家安全保障と重要な供給網にリスクをもたらす」と説明したのは理解に苦しむ。 世界の鉄鋼業界では中国企業が存在感を増しており、日米大手の再編は中国勢への対抗に役立つ。 同盟国である日米の企業間で合意した買収計画を、安全保障上の理由で認めないのは筋が通らない。 日鉄は米国内の懸念に配慮し、USスチールの取締役の過半数を米国人とし、米国内の生産能力を維持する計画を示している。これを拒むのは米経済にとってもマイナスではないか。 次期トランプ政権下で、米国は内向きな姿勢がさらに強まる可能性がある。日本の政府や経済界は、今回の問題を教訓に対策を練らなければならない。
西日本新聞