戦争の記憶を遺産へ 戦争体験記録化する大阪の出版社
戦争体験の記録化に打ち込む出版社が大阪にある。新風書房(大阪市天王寺区東高津町)だ。市民の戦争体験をまとめた証言集「孫たちへの証言」を1988年以来毎年8月に刊行し、今年で第28巻を数える。季刊地域情報誌「大阪春秋」最新号では「戦後70年」を特集し、終戦後のGHQによる占領政策に、ふたりの日本人女性が影響を与えた史実を掘り起こす。体験に基づく戦争記録を重視する視点は、自分史作成に伴う市民との交流から生まれた。
輸送船沈没を巡る70年ぶりの劇的再会
「孫たちへの証言」は戦争を経験した市民から体験記を公募し、優秀作品を一冊の本にまとめて刊行。今年は381編の応募があり、うち87編が証言集に収録された。 東京都在住の西川徳子さんは95歳で、「台湾航路『富士丸』遭難時の乳幼児と70年ぶりの再会」と題した手記を寄せた。西川さんは24歳だった1943年10月27日、台湾から内地へ向かう輸送船「富士丸」に乗船していたが、米潜水艦の魚雷攻撃を受け、「富士丸」が沈没。数時間波間に漂った後、駆逐艦「汐風」に救助され、危うく九死に一生を得た。 「汐風」艦内で、西川さんは艦長から他の生き残った女性ととともに、遭難で母親と別れた乳幼児4人の世話をするよう依頼された。この時、世話をした乳幼児のひとり、米山紘一さんと昨年6月、70年ぶりに再会を果たす。 西川さんの遭難記を数年前から掲載していた姪のブログを米山さんが見たことが契機となり、劇的再会が実現したという。米山さん自身も一昨年刊行の「孫たちへの証言」26巻に寄稿し、手記が掲載されていた。 兵庫県猪名川町の黒田華子さん(41)のテーマは「ハトの絵柄の着物」。曾祖母が戦時中、娘の嫁入りに際し、平和への願いを託してひそかにあつらえたハトの絵柄の着物を、家族代々で着用し、平和を願う思いも受け継いでいることをつづっている。88年以来編集を手掛けてきた福山琢磨社長は戦後70年を迎えた今、証言内容に変化を感じるという。 「戦争に直接かかわった人たちの多くが亡くなり、戦闘に関する衝撃的な証言が少なくなった半面、戦闘の激しさに隠れて見えにくかった日常的な世界が光ってきた。戦時中、人々はどんな思いで暮らしていたのか。戦後の混乱期をどのようにして生き抜こうとしたのか。これからは戦中戦後の日常的な世界を再検証していくことになりそうです」(福山さん)