戦争の記憶を遺産へ 戦争体験記録化する大阪の出版社
GHQの占領政策に影響を与えたふたりの女性
同社が発行する「大阪春秋」は大阪の歴史文化を深掘りする地域情報誌だが、最新2015年夏号では地域の枠を飛び越えて、「戦後70年」を特集。発行人を兼務する福山さん自身が取材執筆を担当した労作ルポが誌面を飾る。 もっとも注目されるのは、河井道(かわい・みち)と一色ゆり(旧姓・渡辺)というふたりの女性に焦点を当てたことだ。敗戦した日本に対する占領政策決定に際し、米国内で昭和天皇に厳罰を求める声が高い中、マッカーサーGHQ最高司令官が昭和天皇を訴追することなく、日本文化の伝統を残した上で民主国家を建設する土壌を醸成した。 河井道と一色ゆりは新渡戸稲造を敬愛するキリスト教徒で師弟関係にあり、ともに米国へ留学。米国から学ぶばかりではなく、大学で知り合った信仰心の厚い米国人学生らに、日本人のメンタリティを伝えて日本への理解を求めていく。こうして国境を越えて信仰で結ばれたネットワークを生かし、知日派のGHQ幹部を通じて日本に対する穏やかな占領政策を引き出すために貢献したことはあまり知られていない。 福山さんは一色ゆりの長女義子さんにインタビューし、一色ゆりがGHQに働きかけた背景などに迫っている。福山さんは「河井道と一色ゆりがいなかったら、戦後日本の国のかたちが違っていたかもしれない。もっと研究されてしかるべき人物だ」と話す。
1万8千人余の戦争証言が集まっている
福山さんは新聞社で印刷業務に従事した後、62年新聞印刷を創業。その後、出版部門を独立させて新風書房を旗揚げした。市井の人たちが自身の生き方を振り返る自分史の普及に力を注ぎ、執筆方法などを自分史教室で指導。多くの自分史づくりをサポートするうちに、ひとつの事実に気づく。 「人の人生はそれぞれ違いますが、多くの皆さんの人生に共通して大きな影響を与えたのが、戦争でした。自分史教室の受講生の皆さんに、共通のテーマとして戦争体験について執筆してもらったのが、『孫たちへの証言』につながりました」(福山さん) 戦争を体験した人たちの思いが編集者の福山さんを動かして、戦争証言集を生み出したともいえそうだ。28巻までの「孫たちへの証言」の掲載総数は2227編だが、未掲載分を含めた応募総数は1万8269編に達し、すべての原稿は同社が保管している。 「戦争体験の記憶を記録することで残し、次の世代へ受け渡すことができる。すでに1万8千人分が集まり、これからも増えるだろう市民の貴重な証言集をしっかりファイリングし、将来的には公的機関に記録遺産としての管理や活用を委ねたい」(福山さん) 「孫たちへの証言」29巻目の応募締め切りは来年3月末日。戦争体験者の体験を家族らが聞き取りして文書化した作品での応募も歓迎。戦争体験の記憶を記録遺産へ。戦後71年目の取り組みが始まっている。 「孫たちへの証言」「大阪春秋」に関する問い合わせは新風書房(06・6768・4600)へ。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)